14-1 : 望むものと、望まぬもの

 ――“明けの国”、“騎士びょう”。


 数日前に起こった、南部襲撃事件の犠牲となった騎士たちを弔う国葬の最終日。


 死者のための世界と、生者の国とを分かつ石扉をくぐり、“送り火”のともされた直線通路の最奥部、地下納骨堂へと下る階段に面した壁面に、新たな“水晶花”を供え終えた“騎士団長”が、“騎士びょう”の段上だんじょうから国王を見下ろした。


 石扉の左右に立つ、甲冑かっちゅう姿の2人の騎士が、足下に穿うがたれたくぼみに向かって装飾剣を打ち込むと、石の削れる重い響きが静寂の中に響きわたる。


 それを合図に、国葬の参列者たち(国王、宰相ボルキノフ、司祭、騎士団長)がひざまずき、2人の騎士が重い石扉を閉ざした。


 ――。



「……此度こたびの犠牲は、余りに傷ましいものだった……」



 国葬の全行程を終え、“騎士びょう”から引き揚げる段になって、明けの国の国王がぽつりとつぶやいた。



「失ったものは、計り知れぬ……」



 国王の落ち込み様から、“失ったもの”の中に、シェルミアへの信頼が含まれていることは明白だった。


 騎士団長は、国王のその弱々しい声音が気に入らなかった。



「陛下、お気を確かにお持ち下さい」



 騎士団長が、国王に寄り添いながら語りかける。



「逆賊は、シェルミアは、騎士団から追放されたのです。もはや我らに害をなす獅子しし身中の虫はおりません。新生した明けの国騎士団は、正しき剣を振るうでしょう」



「……そう願っておる……」



「国王陛下、御安心下さい。私も微力ながら、新たな騎士団長の助力となりますゆえ」



 宰相ボルキノフが、騎士団長に並び立って言った。



「ボルキノフ……よろしく頼む。騎士団長の……“アランゲイル”の、良き助言役となってくれることを、期待しておるぞ」



 国王が、騎士団長の権限を委譲された兄王子アランゲイルを見やりながら言った。



「言わずもがな。アランゲイル殿下は優れた指導者にございます。支援は惜しまぬ所存にございます。頼もしい騎士たちも、殿下の下で勇猛果敢に己の責務を全うするでしょう」



 そう言いながら背後を振り返ったボルキノフの視線の先には、“騎士びょう”の石扉を閉ざした2人の祭礼騎士が立っていた。国王の目線が向いたことに気づいた2人が、儀礼にのっとった丁寧な動作で王への忠義と敬意を表す。



「そう、だな……それでこそ、明けの国騎士団である……。少し疲れた……。アランゲイル、この場は任せるぞ……新たな騎士団長よ……」



 それだけ言うと、国王は司祭に同伴されながら、ふらふらとおぼつかない足取りで“騎士びょう”から引き揚げていった。


 この場に残っているのは、新騎士団長アランゲイル、宰相ボルキノフ、2名の祭礼騎士の4人だけとなる。



「……国葬の儀、お疲れにございました、騎士団長」



 ボルキノフが、肩を並べて横に立つアランゲイルに向かって、労をいたわる言葉を向けた。



「ああ」



 アランゲイルは、ボルキノフの言葉に対して関心を示さず、聞き流すように相槌あいづちを打った。



「……今の御気分はいかがにございますか? アランゲイル様」



 オールバックにしている髪を両手で寝かしつけ直しながら、ボルキノフが尋ねた。


 その問いに、しばらくの間アランゲイルは無言で返していたが、やがて静まり返った“騎士びょう”の広間に、忍び笑いが響きだした。



「……ふっ……ふふ……ははは……これは、なかなか、いい気分だ……“騎士びょう”の段上だんじょうから、我が父を見下ろすというのは、実にいい気分だ……癖になりそうだよ」



 アランゲイルが、笑い顔を隠すように片手で顔を覆って、肩を震わせて感嘆の声を漏らした。



「私がずっと、畏怖と尊敬の目で見上げてきた我が父……段上だんじょうから見下ろしたその姿の、いかに小さく弱々しかったことか。こんな満ち足りた気分は、生まれて初めてだ……」



 呪縛から解き放たれたように、アランゲイルの顔は晴れ晴れとしていた。ただ、余りに長きにわたって嫉妬と憎悪という感情を抱えてきたアランゲイルの顔の下には、いびつな形にゆがみきった影が差していた。


 その影は、この程度のことでは消し去ることなどできない。



「明けの国の騎士が命を落とすたび、ここに“水晶花”を手向けるのは、貴方あなたの役割となりました、アランゲイル様」



「そうだな……そうだ、“私の役割”だ。才におごった果てに国を裏切った、我が愚妹から取り戻した、正当な“私の役割”。これからは、私が手向けるのだ……我が愚妹よりも、ずっと多くの“水晶花”を……」



 そう言うアランゲイルの目には、幾年月にも渡ってはるか後方から見続けてきた、シェルミアの後ろ姿への激しい執着心が宿っていた。



「多くの騎士が死にます」



 ボルキノフが、どこか面白がるような調子で言った。



「そういうことだ。“水晶花”とは、そういう意味だ。それこそ騎士の本懐であろうよ。戦場で武を示すことこそ、騎士の誉れ……己のために、まもるべき者のために、愛する者のために、国のために、剣をとってこその騎士だ……そしてやがて、その“国”となるのは、他でもないこの私だ……」



 “もう誰にも邪魔はさせん”と、アランゲイルの目が語っていた。



おっしゃる通りにございます……アランゲイル“第1王子”殿下」



 ボルキノフのその言葉を聞いて、アランゲイルが執念に燃える目で宰相をにらみつけた。



「ボルキノフ……“第1王子”はよせ……“第1位”だの“第2位”だの、もはやそんな呼び方は不要。“逆賊”シェルミアは、牢獄ろうごくの中……今や王位継承者は、たった1人しかいないのだからな」



 それを聞いて、ボルキノフがわずかに口元を好奇の感情でゆがめた。



「なるほど、確かにその通りにございます。アランゲイル“王子”殿下」



「……」



 アランゲイルとボルキノフの会話を遠巻きに聞きながら、祭礼騎士の甲冑かっちゅうに身を包んだニールヴェルトが、もう1人の祭礼騎士に向かって肩を上げて見せた。



***



 ――祭礼終了後。明けの国騎士団兵舎。



「はーぁ、殿下も閣下も、陰謀ごっこが好きだよなぁ、ほんっとに」



 祭礼騎士の兜を小脇に抱えて、兵舎内の通路を歩きながら、ニールヴェルトがこぼした。



「お前もそう思うだろぉ? なぁ?」



 ニールヴェルトが、連れだって歩いている祭礼騎士に顔を向けて、同意を求めるように言った。



「……」



 ニールヴェルトの連れは、祭礼用の甲冑かっちゅうも兜もつけたままで、ただ無言のまま歩調を合わせて歩くばかりだった。



「おーい、聞いてんのかぁ?」



 ニールヴェルトが足を止めた。物言わぬ祭礼騎士は、数歩余分に前を歩いた後、ニールヴェルトを振り返る。



「……」



 振り返っただけで、やはりニールヴェルトの連れは、何も口にしない。



「何っだよ。聞こえてんなら『聞こえてる』ぐらい言えっつぅんだよぉ」



 ニールヴェルトが鬱陶しそうに、連れの頭を兜越しにコンコンとノックするように小突いた。



「祭礼騎士っだの、“総隊長”っだの……面倒事は俺の仕事じゃねぇって言ってんだろうがぁ。あ?」



「……」



 目の前にまでニールヴェルトが突っかかってきたが、祭礼騎士はかたくなに無言を通した。



「……チッ……。お前といると、ほぉんと調子狂うわ……とっとと宿舎に戻れぇ、うすのろ」



「……」



 ニールヴェルトに一瞥いちべつを向けて、祭礼騎士は最後まで無言のまま、宿舎に引き揚げていった。



しゃべる必要もねぇってかぁ……戦場で剣振ってるだけでいいなんてぇ、ほんっと羨ましいぜぇ。閣下肝いりの“特務騎馬隊”の皆さんよぉ」



 ニールヴェルトが何度か舌打ちを漏らしながら、憎らしげに、羨ましげにつぶやいた。



「……ま、指揮官は俺だぁ。戦場じゃ、腰抜かして悲鳴上げるゴミより、よっぽど信頼できるぜぇ。……よろしくなぁ……」



 無言の祭礼騎士の後ろ姿を見送りながら、首を斜めに曲げたニールヴェルトが、口元と目元をニンマリとゆがめて言った。

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