11-5 : 歓喜と、狂喜

 “骨喰らい”を狩り終えたニールヴェルトの脇を、前衛の第2陣が走り抜けていく。町の奥へ侵入している魔物の群れに第2陣が斬りかかり、それにタイミングを合わせて後衛が矢の雨を放つ。


 ニールヴェルトの指揮の下、魔物の群れは着実に撃退されていった。



「やっぱりぃよなぁ。“森”の本体を見た後だとぉ、こんな程度の魔物の群れじゃぁ、迫力が全然ねぇなぁ。俺もう飽きそうだぜぇ? 前衛ぇい、聞こえるかぁ? 後はお前らで始末しとけぇ」



 ニールヴェルトが斧槍をトントンと肩に当てながら、眠たそうに大きな欠伸あくびをした。



「あ、ありがとう……! た、助かった……! ありがとう……っ」



 心折れた騎士が、地面にへたり込んだまま、そばに立つニールヴェルトを見上げて、すがりつくように礼の言葉を並べ立てた。



「んー? あぁ、いやぁ、いいっていいってぇ」



 ニールヴェルトがヘラヘラとわらいながら、騎士を見下ろして言った。まだ恐慌状態にある騎士は、ニールヴェルトの目が笑っていないことに全く気づいていなかった。



「それよりさぁ――」



 ニールヴェルトが、斧槍をつえのように地面に突いてしゃがみこみ、へたり込んでいる騎士と視線の高さを同じにして、その目をじっと見た。



「――この町に侵攻してきたのはぁ、あんな猫だの犬だの芋虫だの蜘蛛くもだの、そんな魔物だけじゃねぇなぁ? お兄さぁん……幾らお宅らの練度が低いっつってもぉ、甲冑かっちゅう着込んでればぁ、あんなのは全滅させれるはずだぜぇ? なぁ、他にも“何か”いんだよなぁ? そうだろぉ、お兄さぁん?」



 ニールヴェルトの目の奥にある、不気味な冷たい光を垣間かいま見て、騎士がゴクリと固唾を飲み込みながら口を開いた。



「い、いる……あなたの言う通り、です……わ、我々は……あ、あいつらの奇襲で……一気に陣形を崩されて……」



 ニールヴェルトの背後、町の奥の方角から、ざわつく音が聞こえた。先ほどまでは聞こえなかった、剣と剣がかち合う激しい金属音がする。



「あ、あいつらだ……」



 その剣戟けんげきの音を聞いて、心折れた騎士がガクガクと全身を震わせ始める。



「け、獣……“道具を持った獣”……あっ」



 唖然あぜんとした声を最後に漏らして、騎士がばたりと地面に倒れた。


 その額の中心には、1本の矢が突き立っていた。


 ニールヴェルトは、騎士の亡骸なきがらを見やりながら、ただ「ふぅん」と鼻を鳴らした。



「――獣? 人間風情が、我ら森の民を侮辱するとは……」



 ニールヴェルトの背後から、人の使う言葉が聞こえた。


 目を見開いたまま絶命している騎士のまぶたを閉じさせたニールヴェルトが、無表情のまま、のそりと立ち上がって背後を振り返る。


 町の家屋にはいつの間にか火が放たれていて、その燃えさかる炎を背後に、奇妙な刺繍ししゅうの施された民族衣装を着たとがり耳の魔族の集団が立っていた。


 “道具を持った獣”――その集団は、ニールヴェルトが北の大山脈で虐殺した、魔族とも魔物とも言い切れない、道具を持つ程度の知能を持ったものたちと同じ姿をしていた。南部駐屯部隊から取り上げた弓矢、剣、盾、甲冑かっちゅうを身につけた猫背の“獣”たちが、き出しの歯からよだれを垂らしてニールヴェルトをにらみつけている。


 その中にあって、たった1匹、いや“1人”、異質な存在があった。先ほどニールヴェルトの背後で人語を発した個体である。



「まぁ、いいだろう……じきにこの集落から、侮辱の言葉を口にする人間はいなくなる……」



 人語を発する“獣”の個体が、すらりと背筋を伸ばして、人間と見間違えるような滑らかな動作で歩み出る。顔には冷静な表情が浮かんでいて、口をきちんと閉じているその顔立ちは、凜々しくさえあった。


 人語を話す個体が、腰にぶら下げたさやから、業物と見えるショートソードを引き抜く。


 その個体を前にして、“道具を持った獣たち”は地面に両膝を突き、両手を天に掲げ上げた。それは野蛮な“獣”には似つかわしくない、祈りをささげているような仕草だった。



「……は、ははは……」



 その光景を目の当たりにして、状況を理解したニールヴェルトが、口角をり上げて笑い声を漏らした。



「くくくっ……ははははっ! そおぉかあぁ! そおぉゆうぅことかあぁ! これはぁ……これはすっげえぇのが釣れたぜえぇぇ! はははぁっ!」」



 ニールヴェルトが歓喜に満ちた笑い声を上げて、人語を話す“獣”の個体に斧槍の先端を向けた。



「――会いたかったぜえぇ! “四大主”ぅー!」





***



 ――明けの国、“騎士びょう”最下層、最深部。隠し部屋――ボルキノフの研究室。



「ああ……まさか、こんなことが……こんなことが……!」



 白くほの暗いわずかな光源だけが点々としている、ほぼ暗闇の研究室の中で、ボルキノフの漏らす感嘆の声だけが不気味に響いた。


 細長いガラス管の内部には得体の知れない液体が封入されていて、それが蛍光色を発して、ボルキノフの顔を暗闇の中で浮かび上がらせている。


 ボルキノフは夢中になって、眼球がガラス管の表面に接触するほどに顔を寄せて、中の液体を瞬きもせずに凝視している。



 ――(『どうされたのですか、お父様』)



「ああ、ユミーリア、驚かないで聞いておくれ……」



 ボルキノフが、暗闇に向かってぶつぶつと独り言をつぶやく。



 ――(『私にも教えてください、お父様』)



「東の四大主、ゴーダだよ、ユミーリア。彼こそ、彼こそ、私たちが探し求めてきた、その答えだったんだよ、ユミーリア……」



 ボルキノフが、蛍光色に光るガラス管を持って、笑いをこらえきれないといった様子で床の上をクルクルと回った。



「この血の発色は、間違いない――」



 何かに取りかれたように、狂気じみた目の光をガラス管に向けて、ボルキノフがもったいぶりながら独り言を漏らす。



「――彼の魂の構造は、人間の形をしている! ああ、信じられない! 人間の魂と、魔族の肉体との融合! 何たることだ……! 私たちが、ずっと探し求めてきた存在、まさにそれそのものだ……!」



 ――(『ああ、お父様、何てすばらしいことでしょう』)



「ああ、ユミーリア、いとしい私の娘……この天啓の日をお前とともに迎えることができた私は、とても、とても幸福な存在だ……」



 ボルキノフが、1人芝居のように大仰につぶやいて、暗闇の一角に向かって駆け寄った。


 ほの暗い薄明かりで照らし出されたその先には、苔生こけむした巨大な石棺があった。



「ああ、ユミーリア。これで私も、お前の下に手が届く……いや、それだけではない……私たちは、もっと高みへ昇っていけるのだよ、ユミーリア……」



 ボルキノフが、石棺をいとおしそうにで回した。



 ――(『ああ、愛しています、お父様』)



「私もだ。私も愛しているよ、ユミーリア……」



 石棺の継ぎ目から、真っ赤な血がドロリと流れ出た。

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