11-3 : “喰らい” ども

「ふむ、では騎士団の諸君、どうかよろしく頼んだよ。救い出すべき者たちが、いなくなってしまう前に……」



 エレンローズの笑顔の下で燃えさかる怒りの業火には全く気づかず、アランゲイルが嫌みたらしく言った。アランゲイルがきびすを返したのと、作り笑顔が限界に達したエレンローズの顔面が引きり出したのは、同時だった。



「ああ、そうそう……」



 出口に向かっていたアランゲイルが、思い出したように立ち止まり、シェルミアに一瞥いちべつを送る。



「シェルミア、お前が判断に迷っている間に、勝手ながら私は私で動かせてもらっているよ……既に私の近衛このえ兵団から、騎士たちを送り込んでいる。頼もしい騎士たちをね……。そちらも急ぎたまえよ」



 アランゲイルが、執務室の扉を開けた。扉にへばりついていたひよっこ騎士3人組が飛び上がる。アランゲイルがひよっこたちを鬱陶しそうににらみつけ、無言のままに去っていった。


 アランゲイルの足音が聞こえなくなったところで、こらえきれなくなったエレンローズが、思わず床をかかとで蹴った。



***





「あーあー……ひっでぇなぁ、こりゃあ」



 ――明けの国、南部。南部駐屯部隊、魔物の群れと交戦中。その町を見下ろす丘陵地帯。


 しゃがみ込んで遠眼鏡をのぞき込み、戦況を観察しているニールヴェルトが、め息混じりにつぶやいた。



「“目玉喰らい”にぃ、“脳味噌喰らい”とぉ、あれは“はらわた喰らい”だなぁ。お、“骨喰らい”もいるなぁ……確かにあの魔物の群れは、“暴蝕の森”に住み着いているやつらだぜぇ」



 ニールヴェルトが懐かしいものを見るような様子で、口角をり上げて言った。



「隊長、その呼び名は何です?」



 ニールヴェルトの傍らに立つ騎士が尋ねた。



「あー、俺がつけたあだ名だよぉ、あ・だ・な。“森”に調査に行ったときなぁ、あいつらと同じのを狩ったんだよなぁ。あいつら、とんでもなく偏食でよぉ、獲物の部位の1か所以外ぃ、絶対に喰わねぇんだよぉ。あの毛玉猫みたいなのは、目玉しか喰わないしぃ、すばしっこくて気色の悪ぃ芋虫みたいなのは、頭蓋骨に穴を空けて脳味噌だけ喰うんだよなぁ。それと、くちばしの生えた犬みたいなのいんだろぉ? 野郎は獲物の腹を食い破ってぇ、はらわただけ喰う。そんで、あのくそでかい蜘蛛くもみたいなのはぁ、1番最後に出てきてぇ、骨だけをバリバリ喰うんだよぉ……すげぇ音すんだぜぇ?」



 ニールヴェルトがくっくと思い出し笑いを漏らした。



「……。それで、どうなさいますか、隊長? しばらくこのまま静観なさいますか?」



 傍らに立っている騎士が、ニールヴェルトにじっと目をやり、指示を請う。


 ニールヴェルトがしゃがんだ姿勢のまま、傍らの騎士を見上げた。



「あー、そういうわけにもいかんでしょぉ? 何つったって、俺らは『兄王子殿下の素早い決断で王都から赴いた援軍第1号』だぜぇ? 今頃きっとぉ、そういうことになってんだろぉ?」



 ニールヴェルトが、「どっこいせぇ」と気怠けだるげに立ち上がった。右肩には太矢を撃つための大弓がかけられ、背中には長い柄の斧槍が背負われていた。腰の背中側には十数本の太矢が納められた矢筒がぶら下げられている。そして腰の左右には、2本ずつ計4本の、さやに収まったダガーがつるされていた。



「それなら、いっちょ活躍しないとなぁ……」



 部下の騎士たち数十名を後ろに、ニールヴェルトが大きく深呼吸をした。スー、ハー、と、目を閉じて深く息を吸い込み、ゆっくりと吐き出す。


 そうして開かれた目には、鋭い眼光が宿っていた。



「……各騎、戦闘準備。……行くぞ」



 ニールヴェルトのその一声に呼応して、騎士たちが無言のまま剣を抜いた。



***





「はっ!」



 騎馬の腹を両足で蹴りながら、エレンローズが前列の騎馬を追いかけている。


 11人の上級騎士たちと、彼らが従える兵200名、そして魔法使い30名。約250名からなる支援部隊が、王都でも特別に速い騎馬に乗り、高速で南下を続けていた。


 目的地までは騎馬でおよそ半日の時間を要する。太陽は天頂にはまだ遠い。到着は速くて夕暮れに差し掛かる前といった見積もりである。焦って飛ばしすぎると騎馬を潰してしまうし、慎重過ぎてはそもそも救援が間に合わない。冷静さが要求される強行軍だった。


 先ほどからエレンローズは、しきりにくらの上から騎馬を蹴ってき立てていた。騎馬は「フゴー、フゴー」と不均等な間隔で荒い息を吐き出し、口の端からよだれを垂れ流している。


 エレンローズの騎馬に併走して、1騎の騎馬がゆっくりと近づいてきた。



「……姉様、騎馬が苦しがってる。その子のリズムで走らせてあげないと、潰れちゃうよ……」



 エレンローズの騎馬に併走するロランの騎馬は、随分と楽そうな呼吸で、姉と同じ速度を出していた。騎馬をせっつくエレンローズとは違い、ロランは騎馬の1番走りやすいペースで走らせてやっている。



「まだ大丈夫よ。まだこの子ならいける。急がないと……!」



 肩に力が入って前傾姿勢になっているエレンローズが、手綱をギリギリと絞りながらロランの方を振り向いた。



「ダメ、落ち着いて。無理しちゃダメ」



 ロランが併走しながら、エレンローズの騎馬の首をそっとでてやり、姉と騎馬の双方に言い聞かせるように言った。エレンローズの騎馬が、苦しそうにぶるると首を振る。


 そこまで来てようやく、エレンローズは騎馬にかかっている負荷の大きさを理解して、くらの上でふっと力を抜いた。


 騎馬が幾分か楽そうな呼吸に変わる。



「……ごめん」



 エレンローズが、騎馬とロランの両方に向けて言った。



「どうしたの、姉様らしくないよ?」



 ロランが心配そうに、エレンローズの顔をのぞき込んだ。



「……雪山から戻ってきてからこっち、色んなことが重なって……あーもう!」



 エレンローズが邪念を振り払おうと、頭を振って大きな声を出した。



 ――ニールヴェルト……アランゲイル殿下……シェルミア様……それにあの“町”……何でよ、重なり過ぎよ、こんなの……落ち着かない……。



「……あんたこそ、大丈夫なの、ロラン?」



 暗い影の落ちた顔をロランに向けて、エレンローズが尋ねた。



「目的地の……あの町の……“孤児院”のこと思い出して、つらくなったりしてない?」



 そうかれたロランが、「うーん」としばらく考え込み、作り笑顔を浮かべた。



「僕は大丈夫だよ、姉様。任務だって割り切ってるから。それに、正直あの町のことは、もうあんまり覚えてないんだ。子供の頃のことだもの」



 そしてロランが、再び心配そうな顔をエレンローズに向ける。



「姉様、調子が悪いなら、今からでも引き返せるよ。無理しないで」



 エレンローズが、不安そうな表情を浮かべているロランの顔を見つめ返す。そしてしばらくってから、ぷっと吹き出して大きな声で笑い始めた。



「あはは! ロラン、変な顔ー! ……うん、ありがとう、あんたと話したら、何かラクになったわ。このイライラは魔物どもにぶつけてやるわよ!」



 調子を取り戻したエレンローズが、拳をぐっと握りしめて見せた。



「うん、いつもの調子の姉様が1番だよ。その子のこと、蹴っちゃダメだからね、姉様!」



 エレンローズの騎馬のたてがみをでて、ロランが元いた位置に自分の騎馬を戻していく。


 双子の距離は離れ、そのいた空間を、他の兵の駆る騎馬が埋めていく。


 そして双子は、互いの姿が見えなくなったところで、まったくの同時に独り言を漏らした。



「「……うそつき」」

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