9-2 : “第1王女” と “第2王子”
――国葬の全儀礼が終わり、国王と宰相が去った後の“騎士
引き揚げようとするシェルミアの背後で、舌打ちの音が聞こえた。
「……さぞ気分が良いだろうねぇ、シェルミア」
そう口を開いたのは、第2王子アランゲイルである。
「“騎士
「……そのような言い方はお
ギリッと自分にだけ聞こえる歯
「何を言うんだい、シェルミア。私は
アランゲイルが、口角を引き
「陛下の御信頼も、さぞ厚いことだろう――
「……兄上――」
シェルミアが口を開きかけたが、それを無視してアランゲイルが続ける。
「さすがは王位継承第1位の“
「兄上!」
ここに至るまで終始落ち着いた空気を
「……お
アランゲイルを見つめ返すシェルミアの手は、固く握られ、震えていた。
「ああ……これはすまないことをしたね。物分かりの悪い愚兄を哀れむがいいよ、シェルミア……」
アランゲイルがひねくれた自嘲の笑みを浮かべ、“騎士
兄に厳しい目を向けているシェルミアの横を通り過ぎるとき、アランゲイルは一瞬だけ立ち止まり、妹の耳元に
「……賢いお前には、何でも分かるのだろうね。だが、優秀過ぎる妹を持たされた兄の気持ちだけは、分かるまい……」
「……知りたくもありません。そのようなこと……」
「ああ、知らない方がいいよ。知らない方が……」
それだけの会話を交わして、アランゲイルは“騎士
アランゲイルが去り、“騎士
祭礼の騎士の1人が、アランゲイルが去っていった方向に目をやりながら
「あーあー……アランゲイル殿下、大層お怒りだぁ」
脱いだ兜を手にぶら下げて、ニールヴェルトが苦い表情を浮かべた。
「おいしいところ全部、シェルミア殿下に持ってかれちゃあ、無理もないのかねぇ」
ニールヴェルトが両手を上げて、やれやれと首を振った。
「ニールヴェルト……あんたもとっとと行きなさいよ……」
もう1人の祭礼の騎士、兜を脱いだエレンローズが、ニールヴェルトを
「へぇいへい。こりゃしばらく荒れるぜぇ……兄王子殿下の
ニールヴェルトがアランゲイルを追いかけて、
「そんじゃまぁ、“勝ち組”の方々はごゆっくりぃ。姫様ぁ、あんまりうちの殿下を、いじめないで下さいよぉ?」
ニールヴェルトが、シェルミアとエレンローズに向けて、面白がるように言った。
「ニールヴェルト……! 貴様ぁ……!」
我慢の限界に達したエレンローズが怒りの形相を浮かべ、装飾剣の柄に手をかけた。
「おおっとぉ、怖ぇ怖ぇ。やめとけよ、エレンローズぅ。ここは
ニールヴェルトがけらけらと笑いながら、“騎士
……。
“騎士
エレンローズは、まだ装飾剣の柄を握ったままでいた。抜かれかけている装飾剣は、
カタカタカタ。剣を抜きかけたエレンローズの手が震え、装飾剣が
「……エレンローズ、剣を
シェルミアが、微笑を浮かべながらエレンローズに言った。しかしその微笑は、固い作り笑顔になっている。
「“送り火”の儀、よくやってくれました。様になっていましたよ」
シェルミアの言葉に従って、エレンローズがゆっくりと装飾剣を
「……シェルミア様ぁ……!」
装飾剣の柄から手を離した拍子に、堪えていたものが
「ごめんなさいぃ……! 私……私ぃ……! シェルミア、様が、
「エレン……見苦しいところを見せてしまいましたね。ごめんなさい」
肩を震わせて涙を流すエレンローズにシェルミアが歩み寄り、エレンローズの頬を伝う涙を指先で拭き取った。
「昔は、とても優しい御方だったのですけど……。兄上のこと、嫌いにならないで下さい」
「嫌です……大嫌いです……アランゲイル様も……ニールヴェルトも……」
エレンローズが、子供のように泣きじゃくりながら首を横に何度も何度も振った。
「エレン、私を
シェルミアが、なだめるようにエレンローズの頭を
「
そしてシェルミアが、手をエレンローズの頭から離し、ふぅと小さく
「シェルミア様……?」
涙の収まったエレンローズが、シェルミアを見上げる。シェルミアの表情には、何か覚悟を決めたような感情が浮き出ていた。
「……ええ、確かに、ここ最近の兄上の言動には、目に余るものがあります。特にこの頃、兄上の指示の下で何人かの人間が妙な動きをしている……。宵の国との散発的な衝突も、これまでほとんどなかったことです。自身の虚栄心などのために、そんな愚かなことをする御方ではないと信じていたのですが……」
エレンローズが鼻をすすり、両頬をぱちんと
「それは……アランゲイル様が、
シェルミアが深刻な顔つきで
「考えたくはありませんでしたが……兄上は、国王陛下から見直されたいというだけの動機で、明けの国の騎士たちを巻き込み、宵の国に不要な挑発行為をしているとしか……。宵の国と明けの国は、長きに渡って相互不可侵を暗黙のうちに保ってきました。兄上の軽率な行動で、宵の国と大規模な衝突が起きるようなことがあってはなりません」
下唇を
「……ここにいても考えがまとまりませんね。帰りましょう、エレンローズ。いい加減、この窮屈なドレスにもうんざりです」
歩き始めたシェルミアに続きながら、エレンローズがクスリと笑った。
「シェルミア様は、ドレスよりも騎士の格好をされている方が、ずっといいです」
それを聞いて、シェルミアも口元を緩めた。
「ええ、私もそう思うわ、エレン」
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