9-3 : 密会の席

 ――……。


 数日という時間をかけて執り行われた国葬も終わり、喪に服していた明けの国の民たちに日常が戻ってくる。


 市民はもちろんのこと、騎士たちの中にさえ、王都の中に不吉な影があることに気づく者はほとんどいなかった。


 そんな平穏の中、明けの国の王都で、2つの密会が開かれることとなる。


 ……――。



***



 ――第1の密会。国葬最終日、夕刻、明けの国騎士団、シェルミア私室。



「今日は本当にご苦労さまでした、エレンローズ。慣れないことで疲れたでしょう。ゆっくり身体を休めるのですよ」



 “騎士びょう”から私室の前まで同伴したエレンローズに向かって、シェルミアがねぎらいの言葉をかけた。



「とんでもない! これしきのことでへこたれる、エレンローズではありませんので!」



 エレンローズが、甲冑かっちゅうの上から胸をドンとたたいて反り返った。



「ふふっ。いつもの調子ですね、エレンローズ」



 エレンローズの調子がふだんのものに戻ったのを見て、シェルミアが口を覆って笑った。



「そうだ、お茶でも飲んで行きませんか?」



 シェルミアのその提案に、エレンローズが一瞬目を輝かせたが、困ったような表情が浮かんで、首が横に振られた。



「あ、うぅ、すみません、シェルミア様……今日は、ちょっとその、やっぱり体調が良くないみたいなので……」



「……そうですか。それではまた次の機会に」



 ――確かに今は、1人になりたい気分かもしれませんね。私も他人ひとのことは言えないですが。



「次はロランの焼き菓子、持ってきますね! それでは、失礼します! シェルミア様!」



 エレンローズがびしっと敬礼して、シェルミアの私室の扉を閉めた。



「……はぁっ」



 私室の中で1人きりになると、シェルミアはドレス姿のままベッドに倒れ込み、深く大きなめ息をついた。


 ――兄上、どうして……どうしてそんなにも、私を目のかたきにするのですか……どうしてそんなにも、父上の目を気にされるのですか……。女の私には、妹の私には……貴方あなたの気持ちなんて、分かりません……そんなおぞましいもの、知りたくもありません……。……兄上……。


 顔を埋めた枕が湿るのを感じたが、シェルミアはそのままただじっと横になっていた。


 しばらくの間、そうして脱力していたシェルミアだったが、胸周りの息苦しさに耐えかねて、起き上がることを決意する。鉛のように重くなった身体をゆっくりと動かし、ベッドに腕を突いて上体を起こした。


 そして、胸と胴を締め付けるドレスのひもに手を伸ばしたとき――。


 コンコン。


 扉をノックする音が聞こえた。



「……」



 シェルミアは無言のままドアを見つめた。返事をせずに何故なぜそうしたのかは、シェルミア自身にも分からなかった。


 コンコン。


 2度目のノック。そして沈黙。



「……シェルミア様?」



 扉の向こうから聞こえてきたのは、エレンローズの声だった。


 その声を聞いて、シェルミアはほっと息を吐き出した。その段になって、自分が何かを恐れて息を潜めていたことに気づき、シェルミアは背筋が寒くなるのを感じた。



 ――「知らない方がいいよ。知らない方が……」



 “騎士びょう”で聞いた、兄の最後の言葉が脳内で反響する。シェルミアはその声を追い払おうと、頭を振った。金色の髪が、宙に広がる。



「シェルミア様? 開けていただけませんか?」



「ああ、ごめんなさい、エレンローズ。今開けます」



 シェルミアが慌てて扉に歩み寄り、扉の鍵を開けた。


 扉を開けた先には、エレンローズが1人で立っていた。



「どうかされたのですか、シェルミア様? 顔色が悪いですが……」



「……さすがに、兄上の言葉がこたえたのかもしれませんね。……大丈夫。1人でいるより貴女あなたの顔を見た方が、元気が出ますよ、エレンローズ」



 エレンローズが、シェルミアの目をのぞき込む。



「……そうですか。あの、お部屋の中に入れていただいても?」



「ええ、構いませんよ、どうぞ入って下さい」



 シェルミアが扉の脇にどいて招き入れると、エレンローズが室内に足を踏み入れた。そして扉をゆっくりと閉めて、ガチャリと鍵をかけた。


 シェルミアが、茶器の載ったテーブルに移動しながら、背後のエレンローズに語りかける。



「さっきは断られてしまいましたけど、お茶の相手をする気になってくれたのですね、エレンローズ」



 棚から茶葉の入った瓶を取り出すシェルミアの背後で、エレンローズは何も言わなかった。



「……エレン?」



 不思議に思ったシェルミアが、エレンローズを振り返る。



「……そうですか……私は、お茶に誘われていたのですね……」



 エレンローズが、口元をニヤリとゆがめ、右手の人差し指にめた指輪に手を伸ばす。



 ――エレン? 貴女あなた、指輪なんてしていましたか……?


 夕暮れの中、カラスがグァーと不吉に鳴いた。



「……さて……では1杯頂こうか。話をしよう、“明星みょうじょうのシェルミア”……」



 そう言うと、暗黒騎士“魔剣のゴーダ”は、シェルミアの目の前で椅子に腰かけた。



***



 ――第2の密会。同日深夜、明けの国某所、誰かの食卓。


 料理の配されていない食卓に両足を投げ出して、ニールヴェルトが椅子をいでいる。



「ったくぅ……俺がぁ? 近衛このえ兵長ぉ? 勘弁してくれよぉ……めんどくせぇ役職はデミロフ専門だったのになぁ……参るよなぁ。簡単に死んでくれちゃってよぉ」



「まぁそう腐るな。出世というのは、確かに面倒事も増えるが、その分獲得できるものも多くあるのだよ?」



 食卓の真隣まどなり、開け放した扉でつながっている炊事場から、男の声が聞こえてくる。



「例えばぁ?」



 椅子をギコギコと揺らしながら、ニールヴェルトが尋ねる。



「金、地位、羨望せんぼう眼差まなざし、色目を使ってくる女――」



 炊事場からは、野菜を刻む音と、肉を焼くジュウという音が聞こえてくる。



「――そして権力……支配する力」



 暇そうにしているニールヴェルトが、いつの間にかダガーを1本取り出して、クルクルと手の中で回していた。



「へっ。あんたが言うと説得力が違うよなぁ。ボルキノフ宰相閣下ぁ?」

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