7-5 : “その名” を呼ぶ獣

「よお、皆さん、遙々はるばる御苦労さぁん」



 一行が声のする方に目を向けると、峰の上、エレンローズの剣が刺さっている横で、大弓を構えている騎士の姿があった。


 騎士はその物憂げな垂れ目を、峰の上からエレンローズとロランに向ける。



「……ああ、すっげぇ戦い方すんなぁと思ったら、“双子”かぁ」



 エレンローズが、ムっとした表情を浮かべて、騎士をにらんだ。



「……へぇー、遠征隊って、あんたのとこだったの……ニールヴェルト」



 ニールヴェルトと呼ばれた騎士が、返事の代わりに肩を上げる。



「まぁねぇ。ちょっと面倒ごと押しつけられてさぁ。ほら、俺、そういうの断れない人だから」



「というかあんた、さっきの話し方だと、ずっとそこから見てたの? 加勢もせずに見物してたってわけ?」



「だって、弱いでしょ、そいつら。俺らさぁ、こっちに来てから、ずっとそいつらの相手してんのよ。正直飽きちゃってさぁ……。でもまぁ、最後には加勢したでしょ? それで勘弁してくれよぉ、エレンローズぅ」



 そう言いながら、ニールヴェルトが峰に刺さったままのエレンローズの剣を抜いた。ふぅんと鼻を鳴らしながら、エレンローズの剣をしばらく見聞する。それが終わるとニールヴェルトは、エレンローズの足下に剣を放り投げた。雪原にザクっと剣が突き刺さる。



「ほら、俺、強いから。そっちの出る幕、食っちゃうからさぁ。……あ、そういえば、そち

らさんとこの“お姫様”、元気にしてる? “魔剣のゴーダ”に殺されかけて、ヘコんでるとか聞いたけどぉ?」



 その言葉を聞いて、エレンローズの肩が怒りに震えるのがロランには分かった。



「ニールヴェルト……あんたの言動、気に入らないところが多すぎて、いろいろ我慢してたけど……シェルミア様を侮辱することだけは、絶対許さないわよ……」



「おぉ……怖ぇ怖ぇ。冗談に決まってんだろう、エレンローズぅ。“団長さん”を侮辱するわけないだろうがよぉ。俺の首も飛んじまう。ほら、俺、路頭には迷いたくねぇからさぁ」



 ニールヴェルトが、岩肌に不作法に腰を下ろして、気怠けだるげに言った。



「あー、そうそう、本題に移るとするわ。荷物の輸送、どうもぉ。それさ、そこに全部下ろしといてもらえないかねぇ? こっちの人間を後で回収に寄越よこすからさぁ。ヒイロカジナと輸送隊の皆様はここでお引き取り下さぁい。ロランとエレンローズも含めてなぁ」



 ニールヴェルトの言葉に、エレンローズが食ってかかった。



「はぁ?! 何よそれ! 便利屋みたいに使うんじゃないわよ! ちゃんとそっちの担当官に引き渡して、受け取りの証書もらわないと、こっちだって帰れないのよ! 任務で来てるんだから! 責任者呼びなさい、責任者!」



 ニールヴェルトが、岩肌の上でボリボリと頭をいた。



「一応、俺が今回の隊長ってことになってるからさぁ……責任者って俺なんだよね。あー、証書? はいはい、これね。受け取れよ、ほれ」



 ニールヴェルトが、峰の上から丸まった羊皮紙を放り投げた。



「それで満足かぁ? エレンローズぅ?」



 エレンローズが中身を確かめる。確かにそれは、エレンローズが要求した、物資の受け取り完了を示す証書だった。



「……引き揚げましょう。荷物はその辺に置いといていいそうよ。あいつの顔見てると、気分が悪くなるわ……」



 エレンローズの指示で、輸送隊が雪原に物資を下ろしていく。


 すべての補給物資を下ろし終えると、輸送隊は早々に撤収の準備を整える。野営用の荷物を、補給物資を下ろして身軽になったヒイロカジナたちに均等に再配分し、負傷した兵士の手当をして、隊列を組み直す。



「せいぜいその面倒ごととやら、がんばりなさいね、ニールヴェルト」



「励ましてくれんのぉ? うれしいねぇ。無事に帰ったら、笑顔で出迎えてくれよなぁ」



 嫌悪感をき出しにして、エレンローズがニールヴェルトに一瞥いちべつを送ったのを最後に、輸送隊は来た道を引き返していった。



***





「……チッ……クソアマが。あー、イライラする……」



 輸送隊の姿が雪原の向こうに消えたのを確認してから、ニールヴェルトが顔をゆがめて吐き捨てた。



「帰してしまってよろしかったのですか? ニールヴェルト様」



 ニールヴェルトの言葉を合図にでもしたかのように、峰の陰から数人の騎士たちが姿を現した。



「あー……いいよいいよ。物資の回収、始めちゃってぇ」



 ニールヴェルトが、気怠けだるそうに手の平をヒラヒラと振った。



「……この辺りには、例の魔族の連中が巣を作っています。それに、足場が非常に悪い。“戦死”か、“事故死”か、例えば遠征隊に物資を届けに来た輸送隊が、その帰路で全滅したとしても、違和感はないと考えますが?」



「やめとけ、やめとけ。さっきの見てたろぉ? あの双子さぁ、結構強ぇのよ。下手に手ぇ出したら、絶対面倒になるってぇ。別に見られた訳じゃないんだしさぁ、ここは何事もなく帰ってもらうのが1番だろぉ?」



 部下と不穏な会話を交わしながら、ニールヴェルトが腰を下ろしていた岩肌から立ち上がり、峰の向こう側に移動を始める。



「それにさぁ、今人手ひとで割いちゃうと、“あれ”の発掘と移送が遅れるんだよなぁ……そしたらまた、ボルキノフに追加の物資供給頼まなくちゃだろぉ? そっちの方が面倒臭ぇよ……。さっさと終わらせて帰ろぉぜぇ?」





***



 エレンローズとロランたち輸送隊がたどり着くことのなかった峰の向こう側では、“道具を持った獣たち”の巣を壊滅させた後の死体処理作業が行われていた。辺りの雪は紫の返り血で醜く染まり上がり、乱雑に積み上げられた“道具を持った獣たち”の死体の山からは、日中の太陽光に温められたために腐敗臭が漂ってきている。


 遠征隊は2手に分かれて作業しており、1組は死体の処理を、そしてもう1組は、巣の中心に位置する岩肌にいている、巨大な洞窟を行き来していた。



「物資が届いたぞぉ。貴重な“転位のスクロール”もだぁ。移送の準備、急がせろぉ」



 峰から現場に戻ってきたニールヴェルトが、作業兵たちに指示を出す。



 ニールヴェルトの横には“道具を持った獣たち”の死体の山があり、足下には、腹の傷口からはらわたを飛び出させて今にも死にそうな“道具を持った獣”が横たわっていた。


 瀕死ひんしの“道具を持った獣”が、血塗ちまみれの手でニールヴェルトの足首をつかみ、内蔵から逆流した血をゴボゴボと吐き出しながら、うめき声を上げた。



「……汚ねぇ手で触んなよ……ゴミが」



 ニールヴェルトが何の感情も宿っていない目を向けて、瀕死ひんしの“道具を持った獣”の顔面を蹴り潰した。



そろいもそろって、すっかすかの頭で同じことばっかりわめきやがるよなぁ。『カース、カース』ってよぉ……。こっちの頭もおかしくなりそうだ」



 ニールヴェルトが忌々しげに唾を吐き、新たにできた死体を蹴り上げて、死体の山の一角に積み上げた。

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