7-4 : 阿吽の双子

 襲撃者たちを全滅させたことで、輸送隊の兵士たちが、おおっと歓声を上げた。



「ふーっ……。遠征隊がこんなところに来てるのは、こいつらが理由ってことかぁ」



 エレンローズが、2本の剣をさやに戻しながら言った。その瞳に宿っていた鋭い光は、今はふだんの調子に戻っている。



「ロラン! そっちは片づいた?」



 エレンローズが、隊の先頭のロランに向かって呼びかけた。



「こっちは終わったよ、姉様。隊の誰も欠けなくてよかった……」



 ロランが先頭でほっと息をついているのが、殿しんがりのエレンローズにも分かった。


 そのとき、エレンローズは目の端に、何か動くものを捉えた。


 遠い峰の岩場の上で、大きな岩を持ち上げている、見慣れた容姿――。



「!! ロラン! まだ1体残ってる!」



 エレンローズがそう口にしたのと同時に、峰の上で“道具を持った獣”が大岩おおいわを斜面にたたきつけた。


 一瞬、辺りはしんと静まりかえり、そして、ドドドっという不気味な地鳴りの音が聞こえ出す。



「……ちょっと……やっば……」



 峰の斜面に降り積もった雪の表層に、砂時計のようなウネウネとした波模様が浮かぶ。続いて、軽い雪が爆炎のように吹き上がり、地鳴りとともに、雪崩が輸送隊に向かって驀進ばくしんを始めた。


 ヒイロカジナと輸送兵たちが、焦燥しきった声を漏らした。



「姉様!」



 雪崩の地鳴りの音と、輸送隊の焦りの声の中、ロランの呼ぶ声がエレンローズの耳に届く。



「ここは僕が! 姉様はあいつを!」



 エレンローズが、再び2本の剣を抜く。



「こうなったらイチかバチか! やってやろうじゃない!」



 ロランの元へと急ぐエレンローズは、近くにいたヒイロカジナの背中の上に飛び乗った。そこから更に跳躍して、次のヒイロカジナの背中、そして更に次のヒイロカジナの背中へ。


 突然踏みつけられたヒイロカジナたちが、「ブオ?!」っと驚いた声を上げた。



「ごめん! ちょっと急ぐから!」



 最後のヒイロカジナの背中に飛び乗ったエレンローズが、一際高く跳躍し、ロランの頭上に向かって真っぐに落下する。



「ロラン! 足場!」



「はい! 姉様! ――“風陣ふうじん”!」



 ロランが風をまとった2枚の大盾を、頭の真上でガチンと合わせる。足場となった盾の上に、エレンローズが着地した。



「――“雷刃らいじん”! 行けぇ! ロラン! 押し飛ばせぇ!!」



 盾の縁に手を引っかけて、エレンローズが身体を固定する。同時にロランが、真上に向けていた大盾を斜めに傾ける。


 盾の表裏に風の塊が渦巻き、ビュオっと風切り音を立て、はじけた。


 ロラン渾身こんしんのシールドバッシュが、盾の上に乗るエレンローズを射出した。


 エレンローズの身体が、放物線を描いて宙を飛んでいく。遠い峰の上にいた“道具を持った獣”との距離が、ぐんぐん狭まっていく。その距離、およそ10メートル。



「ぬおりゃあぁ!!」



 空中を舞いながら、エレンローズが左手の剣を“道具を持った獣”に向かって鋭く投げた。


 狙い澄まして投げられた剣は、ビュンっと鋭い音を立てて、一直線に飛んでいく。しかしその軌道を素早く見定めた“道具を持った獣”は、横にジャンプしてそれをかわした。エレンローズの剣が、ガギっと固い音を立てて、氷の層に突き立った。



「まだまだぁー!!」



 既に空中で放物線軌道の頂点を越えたエレンローズは、雪原に向けて落下を始めている。逆さまの体勢で落下していくエレンローズだったが、その目は“道具を持った獣”の足下に突き立った剣を、じっとにらんでいた。


 ――バチバチッ。


 エレンローズが手に持つ剣と、峰の氷に突き立ったもう1本の剣との間に、放電の細い線がつながる。


 エレンローズが、落下しながら剣を振った。



「――はしれ! いかづちぃ!」



 2本の剣の間に、太い稲妻が駆け抜けた。


 青い閃光せんこうがカッと光り、目を焼いた。エレンローズもたまらず目を閉じる。そして一瞬の間を置いて、雷撃で急膨張した空気が、ズドォンと耳をつんざく爆音を立てた。


 雪原が目の前にまで迫る中、落下中のエレンローズは、峰に突き立った剣の横で、焦げて炭になっている“道具を持った獣”のむくろを確認した。


 そしてエレンローズは、後方で輸送隊をまもるロランが、盾にまとった烈風で雪崩を真っ二つに切り分けているのを確認した。



「今度こそ! 私たちの勝ちね!」



 拳をぐっと握ったエレンローズは、次の瞬間、頭からずぼっと雪原に墜落した。



***





「――せえのっ!」



 雪崩をくぐり、ロランに射出されたエレンローズが埋もれている場所にまでたどり着いた輸送隊一行が、雪原からのぞいているエレンローズの足をつかんで、雪の中から引き抜いた。



「……ぷはっ! あー、苦しかったぁ! あと寒いっ!」



 ぜぇはぁと大きく呼吸をしながら寒さに震えているエレンローズに、ロランが駆け寄る。



「姉様! 大丈夫?!」



「だいじょーぶ、だいじょーぶ。雪が柔らかかったお陰でどうにかなったわ」



 エレンローズがふぅと小さくめ息をついた。



「よかったぁ……。咄嗟とっさのことだったとはいえ、無茶むちゃしすぎだよ、姉様……」



 エレンローズの無事を確認して、ロランがほっと胸をで下ろした。



「容赦なく私を吹き飛ばしたあんたに言われたくないわ、ロラン」



「う、ごめん、姉様。考えてる暇がなかったから、加減ができなくて……」



 反省しているロランの肩を、エレンローズがばしっとたたいた。



「全員無事だったから、それでいいじゃない。それに私、ロランのこと信じてたから。ロランに任せてれば、絶対大丈夫だって」



「姉様……!」



 ロランが照れた様子で、顔を赤くした。



「双子の弟ほど信頼できる人間なんて、この世にいないでしょ? あ、でもシェルミア様は別格だからね」



「う、うん……そうだね、はは……ほんとにシェルミア様のこと大好きだね、姉様……」



 エレンローズが余りにけろっとしているので、心配して損したなぁと、ロランは苦笑いを浮かべた。


 ……だから一行は、背後から近づいてくる手負いの獣に気づかなかった。エレンローズの“雷刃らいじん”の一閃いっせんを受け、斬り傷と火傷やけどを負った瀕死ひんしの獣が、最後の執念でびた剣を再び手にして、ヒイロカジナの背後に静かに近づいていく――。


 ビュンっという風切り音と、ドスっという鈍い音。ゴボゴボと自分の血におぼれながら何事かうめく声と、それから獣が雪原にたおれる、ドサリという音。


 その音がして、ようやく一行は“道具を持った獣”が生き残っていたことを知り、そして誰かがその生き残りにとどめを刺したことを知る。


 “道具を持った獣”の胸元には、ふつうの矢よりも一回り大きい太矢ふとやが突き立っていた。

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