7-3 : “右座の剣 エレンローズ” と “左座の盾 ロラン”
「っこんのぉ!」
エレンローズが、2本の剣を鋭く横になぎ払った。
しかし、深雪に足をとられて踏み込みが不十分な横払いは、“道具を持った獣”たちに届かない。
“道具を持った獣たち”は、たまたまこの雪山に迷い込んだ“はぐれもの”というふうではなかった。その足運びは、深雪の中での歩き方を心得ている。この雪山に移り住んでから永いか、あるいは生まれたときからずっとこの場所に住み着いているか、そのどちらかといった様子だった。
「地の利は完全に向こうが有利……オツムが弱いお陰で、どうにか互角か……」
慣れない足場のために、エレンローズは既に息が上がっていた。呼吸のたびに肩が上下し、口からは真っ白な息が吐き出される。
“道具を持った獣”の1体が、ヒイロカジナを
「
エレンローズが横に跳び、ヒイロカジナに向かっていた“道具を持った獣”に
「私を置いて、ここを通れるなんて思わないことね……」
不利な状況であることに変わりはなかったが、輸送隊と“道具を持った獣たち”の間に立つエレンローズの目には、まだごうごうと闘志の炎が宿っていた。
そして、戦意の変わらぬエレンローズよりも先に、“道具を持った獣たち”に、変化が現れる。
手傷とエレンローズの気迫で極度のストレスに
“道具を持った獣たち”が、“道具を使う”という、わずかに宿っていた理性さえ捨て去り、完全な“獣”と成り果てる。
獣たちの狂気にあてられたヒイロカジナたちが、
「……それが、お前たちの全力……」
その様子をじっと見ていたエレンローズが、ふーっと深く息を吐き、冷静な口調で口を開いた。
口調こそ冷静であったが、獣たちの醜い姿を映すエレンローズの目には、静かな怒りの灯が
「道具を扱うわずかな理性も捨てて、完全に獣に成り下がる……。剣を手にとる誇りもなければ、大儀もない……」
エレンローズが、2本の剣を構え直す。
「何て半端……。何て哀れ……。その手の中で
剣を構えた姿勢のまま、エレンローズが獣たちの方へゆらりと歩を運ぶ。
「騎士の誇りにかけて……。“
本能に身を委ねた獣たちが、四つん
それと同時に、エレンローズの右腕の腕輪に、魔導器たる
「――“
***
ロランを取り囲む3体の“道具を持った獣たち”は、その巨大な盾を警戒して、遠巻きにうろつき続けていた。
ロランのシールドバッシュのカウンターで片腕を粉砕された1体が、無事な方の腕に
他のもう1体がそれにつられて、手に持っていた剣をロランに向かって放り投げる。ぐるぐると回転しながら飛んできた2本目の剣も盾に
獲物を放棄した2体が、エレンローズ側の2体と同じく、四つん
「そのまま怒りに任せて飛び込んでくるなら、その方が対処は簡単――」
独り言を漏らすロランが、目の前の光景を見て、口を閉じた。
3体の内の最後の1体、まだ
痛々しい悲鳴が辺りに響き、傷口から勢いよく吹き出した紫色の血で、周囲の真っ白な雪が染まっていく。
「な……!」
その光景に一瞬動揺したロランの
血を吹き出しながら、獣の重みがロランの盾を直撃する。
その機を見計らって、直立していた最後の1体も四つん
「……手段を選ばないのですね……。この場所で生き残るには、それも必要なことなのかもしれない……」
盾ごと押し潰されそうになっているロランが、がら
「そういうことなら、僕も容赦はしない――」
ロランがようやく、盾にまとわりついていた獣の死骸を押しやり、立ち上がった。
牙を
「――“
ロランの左腕の腕輪に魔方陣が浮かび上がり、降り積もった雪が舞い上がった。
***
エレンローズの足下に、獣の
残る1体の獣が、腹が雪原につくほどに姿勢を低くして、グルルとうなり声を上げている。
――バチッ。
「……どうした、
エレンローズが獣に向かって、深雪の中を1歩、また1歩と歩いていく。
――バチバチッ。
エレンローズが獣に近づくほど、獣の方は同じ距離だけ後ろに下がる。
「騎士の前で、剣の誇りを
――バチバチバチッ。
エレンローズが持つ2本の剣の刀身を、幾重もの小さな稲妻が
エレンローズの瞳が、その2本の剣に宿った青い雷光で照らし出され、鋭く光っている。
じりじりと後ろに追いやられ、逃げ場を削られつつあった獣が、とうとう
裂けるほどに口を開き、
瞬間、2本の剣の連撃による、
エレンローズの真横で2体目の獣がぴくぴくと
「あの世で
――銀の騎士“
***
巻き上がった雪で視界の悪い中、ロランを挟み撃ちにして飛びかかった2体の獣が、2体とも悲痛な声を上げる。何かにぐしゃっとぶつかる鈍い音がした。
「……ここの
一際強い風が吹き、舞い上がった雪をまとめて吹き飛ばして、視界が開ける。
固い意志の宿った目を見開いて、そこにロランが立っていた。“その両手に、2枚の巨大な盾を持って”。
体勢を立て直した2体の獣が、もう1度、左右からロランに襲いかかる。
ロランは2枚の大盾を構えているとは思えない身軽さで身を翻し、獣たちを盾で殴打し、再び吹き飛ばした。
ロランが盾を振るたびに、ビュオンと風が逆巻いた。
ロランは、獣が飛びかかってくるとき以外、腕から力を抜いている。しかしその腕が支えている2枚の大盾は、ロランが腕を下ろしても地に着くことはなく、空中にふわりと浮いていた。
ロランの腕に変わって、渦巻く風の塊が、巨大な盾を支えているのだった。
どの方向から飛び込んでも盾に
それを見たロランが、2枚の大盾を真正面でガチンとかち合わせた。2枚が合わさり城壁のような威圧感をまとった大盾は、ロランの姿を完全に覆い隠す。
そして盾の裏側で、風の塊が
ビュオっと突風が吹き荒れ、それは2枚の大盾を押す推進力となる。
それまでの倍の大きさ、倍の重量、倍の速度を
――グチャッ。
盾の向こう側で、水を入れた皮袋が裂けるような音がした。2体の獣が大盾にへばりつき、口と鼻と耳から紫の血と泡を吹き出して、絶命していた。
2枚の盾を中心に、一陣の風が吹き、獣たちのひしゃげた死体を吹き飛ばす。
「……容赦しないって、言ったよね」
――銀の騎士“
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます