7-1 : 寒空の双子
――時は少し
「……うぅっ……」
ごうごうと強風が吹き付ける夜。テントの中にこんもりと盛られた毛布の山の中から、くぐもった声が漏れ聞こえている。
「……ちょっと……これやばいわよ……。死んじゃう、本気で死んじゃう……」
毛布の山がごそごそと
「そんなところに
毛布の山の横に腰掛けているもう1人の人影が、
「温まるよ、エレン姉様」
スープのにおいを嗅ぎつけて、毛布の中からぬっと手が伸びてきた。
「……ありがと、ロラン」
そのとき、突風がテントを直撃して、風に
雪の粒子が肌にぱちぱちと当たる。それは“冷たい”を通り越して、“痛い”と感じるほどだった。毛布から伸びていた手が、さっと再び中に引っ込む。
スープはあっと言う間に冷めてしまった。
毛布の山が一際ぶるりと震え、エレンローズがぶつける相手のない怒りの声を上げた。
「さーむーいーっ!」
***
――明けの国、王都。騎士団宿舎、執務室。
「北の大山脈へ、ですか?」
一騎打ちの見届け人、ロランとエレンローズが並んで立っている。机を挟んで2人を見つめているシェルミアに向かって、エレンローズが口を開いた。
「ええ、そう。数日前から、遠征隊がそこで任務に就いています。あなたたちには、遠征隊へ補給物資を届けてもらいたいのです」
シェルミアが、
宿舎の中ということもあり、3人とも
「本当はきちんとした部隊を編成したいところなのですが、国葬の参列騎士を増やすようにと、アランゲイル王子直々の書面が届いたもので、動ける者が限られているのです」
そこまで口にして、シェルミアは一旦目を閉じて、握り合わせた両手を困ったように頭に押しつけた。アランゲイル王子の扱いに頭を痛めている様子だった。
「ロラン。エレンローズ。イヅの大平原の件があってすぐのことですから、2人とも疲れているとは思います。ですが今、少数精鋭で北の大山脈を目指そうとすると、あなたたち2人にお願いする他ありません……どうか引き受けていただけないで――」
「おっ
シェルミアが言い終えるが速いか、エレンローズが胸をドンと
「他ならぬシェルミア様がお困りとあれば! このエレンローズ、雪山だろうが砂漠だろうが海峡だろうが、どこへなりとも!!」
「ちょっ、ちょっと姉様」
鼻息を荒らげて大きな声を出しているエレンローズを、ロランが困り果てた顔つきで制止する。
「みんな戦死者の国葬で喪に服してるんだから、静かにしなきゃ」
「そりゃそうなんだけど! 幾ら御自分の
エレンローズが、今度はロランの方を向いて、胸を張ってまくし立てた。
「う、うん、そう。そうなんだけど、だからもうちょっと声を
ロランが慌てた様子で手を上下に振って、エレンローズにトーンを抑えてとジェスチャーする。
「ロラーン! あんた男なんだから、こういうときこそはっきり言わなきゃダメなんじゃないの?! シェルミア様が頭を抱えられてしまう前に、できることあったと思うんだけどー!」
くすっと、小さな笑い声がした。シェルミアが、2人のやりとりを見て口元を緩める。
「エレンローズ、大丈夫ですよ。国葬の取り仕切りは、こちらに任せて下さい。それよりも、あなたたちに
シェルミアが、小さな
「何かあれば、ついあなたたちに頼ってしまう。毎回、貧乏くじを引かせてしまって、本当にごめんなさい」
「シェ、シェルミア様、そんな、そんなこと言わないで下さい」
エレンローズが、慌ててシェルミアの掛ける執務机に駆け寄る。
「貧乏くじだなんて、私たち、これっぽっちも思っていません! シェルミア様から御相談いただけることが
そして、エレンローズが声のトーンを落として続ける。
「……シェルミア様の方こそ、少しお休みになってください。1番お疲れなのは、シェルミア様なのですから」
シェルミアの目元には、うっすらと
それでも、シェルミアは微笑を浮かべながらエレンローズに応える。
「私も馬鹿ではありませんから、そこまで
――。
シェルミアの執務室を後にして、出発の準備に向かうエレンローズの目は、きらきらと輝いていた。
「むふ、むふふ……ねえ聞いたロラン? 『エレン』って、シェルミア様が私のことを『エレン』って呼んでくださったわ! どうしよう、すっごく
エレンローズの
「エレン姉様、ほんとにシェルミア様のこと大好きだね」
エレンローズは鼻息も荒く、ロランの言葉を全面的に肯定した。
「当然よ! だってシェルミア様は、私の憧れの方なんですもの! よっしゃー! 大山脈が何よ! 今の私に怖いものはないわ!!」
息巻くエレンローズが、腕輪のはめられた右腕をぐっと上に掲げた。
***
――北の大山脈。輸送部隊護衛任務2日目、夜間。ロラン、エレンローズの野営テント内。外の天候、吹雪。
「……もーやだぁ……寒いよぉ……お
北の大山脈に踏み入れた最初の野営から、輸送部隊は吹雪に見舞われていた。大山脈の
出発前のエレンローズの張り切り様を横で見ていたロランが、思わず
「もー、姉様、昨日までの元気はどうしたの。自分で引き受けたことなんだから、しっかりしなきゃ」
「だってぇ……私、寒いのだけはダメなのよ……」
エレンローズが毛布の中でもごもごと
見かねたロランが、温め直したスープを入れた皿を片手に持って、エレンローズが潜り込んでいる毛布をガバっと持ち上げた。
「ひゃあ! ロラン、やめて! 寒い!」
毛布の中で縮こまったエレンローズが、小さな悲鳴を漏らした。
「はいこれ食べて! 元気出して! 姉様!」
ロランが、持ち上げた毛布の中にスープ皿を押し込んだ。
「うぅっ……」
エレンローズが、情けない声を漏らしながら、ロランの作ったスープを口に運ぶ。
「……ぐすっ……おいしいです……」
「残さず食べるんだよ、姉様」
「はい……」
毛布の中から、スプーンが皿の底に当たるカチャカチャという音が聞こえる。やがて、その音がしなくなると、毛布の中から空になったスープ皿が返ってきた。
「ごちそうさまでした……」
「はい、お粗末様でした」
ロランが皿を受け取り、軽く拭いて
……。
吹雪の風音とともに、夜が更けていく。テントの中には、明るさを落としたランタンの小さな光だけが、ぽつんと
エレンローズは、毛布を頭まですっぽりと被り、丸くなっている。
ロランは、ランタンの小さな光を頼りに、山脈の地図を確認している。
「……ねぇ、ロラン」
エレンローズが、毛布の中から呼びかけた。
「何? 姉様」
ロランが、地図に目を落としながら
「一緒に寝よ?」
「ぶっ!?」
思わず吹き出したロランが、慌てて振り返る。エレンローズが、毛布の山から頭だけをすぽっと出して、ロランを見ていた。
「ねぇ、一緒に寝よーよ」
「え、いや、ちょっ……いきなり何を――」
「だってぇ……くっついた方があったかいじゃん……」
戸惑っているロランを尻目に、エレンローズがけろっとした顔で言葉を継いだ。
「……姉様、子供じゃないんだから……」
ロランが思わず頭を抱えた。
「そんなに嫌がらなくてもいいじゃん。双子の姉弟なんだし。昔はよく一緒に寝てたでしょ?」
「それは十年以上前の話でしょ――」
「つべこべ言わないの!」
「ちょっと姉様! 危ないってば」
「……あったかぁい!」
ロランの背中に抱きついたエレンローズが、感嘆の声を漏らした。
「すっごくあったかいよ、ロラン」
「姉様、いい加減にしてよ――」
そこまで言ったところで、ロランは口を閉じた。耳元でエレンローズが、子供のような顔で寝息を立てて眠っていた。
観念したロランが、小さな
「……。……姉様の馬鹿」
エレンローズに抱きつかれたまま、ロランは毛布に
***
翌日、ロランはとてもよく熟睡して目覚めたが、悔しかったのでそのことはエレンローズには言わなかった。
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