5-2 : 一騎打ち

 柔らかい風が吹き抜けるイヅの平原の中心で、暗黒騎士と銀の騎士が互いを見据えて立っている。暗黒騎士“魔剣のゴーダ”の背後には、騎馬から降りた漆黒の騎士ベルクトが。銀の騎士“明星みょうじょうのシェルミア”の背後には、同じく2人の銀の騎士が、それぞれ互いの主を見守っていた。



「シェルミア……女の名だな。随分と細い声をしていると思えば、そういうことか」



 ゴーダがぽつりとつぶやいた。



「……女が騎士をしていてはいけませんか」



 ゴーダの言葉を聞いたシェルミアが、不満げな声を漏らす。



「いや、そうは思わん。むしろそういう目で見られる中でもなお折れぬ女というのは、男よりも強いものだ。私にも何人か心当たりがあるのでね」



「……褒め言葉と受け取っておきましょう」



 シェルミアが兜を被った目線をわずかに下に下ろしながら言った。



「率直にそうしたつもりなのだがな」



 ゴーダがとぼけたように肩を上げた。



「こちらの準備はできている。いつまで使者の真似まね事をしているのだ、シェルミア殿? 剣と盾を持ちたまえよ」



 シェルミアは甲冑かっちゅうこそ身につけているが、剣も盾も持っていなかった。交渉事に臨むべく、連れの2人に預けて、ここまでやって来たといったところなのだろうと、ゴーダは当たりを付けていた。



「ロラン。エレンローズ。私の盾と剣を」



「「はい」」



 ゴーダの予想通り、シェルミアの背後に立つ2人の騎士の内、ロランと呼ばれた銀の騎士が、騎馬のくらつるしていた木箱の中から盾を取り出し、同じくエレンローズと呼ばれた銀の騎士が、剣を取り出した。2人の銀の騎士は背格好が全く同じで、シェルミアの呼びかけに対して声を重ねて全く同時に返事を返した。


 2人の騎士から剣と盾を受け取ったシェルミアが身構える。


 シェルミアの剣と盾は、ひどく古い作りをしていた。それぞれに時代・文化が異なる様式の装飾が施されている。近年主流の、装飾性を廃して武器としての機能性のみを追求した物とは、明らかに違う空気を漂わせていた。


 それは最早もはや、武器というより骨董こっとう品・美術品の類に分類されるべき代物だった。



「随分と年季の入った代物を愛用されているようだな、シェルミア殿」



 ゴーダが面白がるように言った。しかしその実、兜の下のゴーダの表情は固まっていた。



 戦士としての直感が、「油断するな」と警鐘を鳴らしている。



「我が家に代々伝わるものです。変わった作りだと、周りからもよく言われます」



 落ち着き払った声音でシェルミアが応える。



貴方あなたの方こそ、うわさには聞いておりましたが、他では見られない作りの剣を使われるのですね、ゴーダ卿」



「腕のいい鍛冶師がいてな。それにしか作れない代物なのだよ」



 ゴーダがさやから、女鍛冶師ガランの銘刀“蒼鬼”を引き抜いた。


 シェルミアたちが、その蒼く美しい刀身に、はっと息をむ気配が、ゴーダには分かった。


 それぞれに獲物を手にした両者の口から、言葉が消える。


 ゴーダは刀を頭の高さにまで持ち上げ、その切っ先をシェルミアに真っぐに向けている。


 シェルミアは右手に古剣を持ち、左手の盾を前面に出して受ける構えを取っている。


 一際強い1陣の風が、両者の間で吹き始め、平原に咲く名もない小さな花弁が宙を舞う。



「ロラン……エレンローズ、あなたたちが見届け人です。よろしく頼みましたよ」



 風の吹く中、シェルミアが背後に立つ2人の銀の騎士に向けて言った。



「「はい」」



 ロランとエレンローズが、再び声を重ねて応えた。



「……ベルクト、手出しは無用だ」



 刀の切っ先をぴたっと完全に静止させたまま、ゴーダが静かにつぶやく。



「承知いたしております、ゴーダ様。……御武運を」



 ゴーダの背後に立つベルクトが、淡々とした口調で返した。


 そして、吹き続けていた強い風が、次第に静まっていく。


 風がんだときが合図であるということは、わざわざ確認するまでもないことであった。


 ――風がみ、流れを失った花弁が地に落ちる。



「参ります!」



 初手で前に踏み出し、距離を詰めるのはシェルミアである。


 盾を前に展開させた姿勢で飛び込んできたシェルミアに、ゴーダは刀を振り下ろす。当然、シェルミアはゴーダの一撃を左の盾で受け、その瞬間に右の剣を突き出した。


 そんなことは百も承知と、ゴーダは刀をシェルミアの盾の曲面に沿ってガリガリと走らせ、振り上げた勢いでシェルミアの突きをはじく。


 シェルミアが突進をかけた時点で、ここまでの流れは両者ともが想定していた流れであった。


 次の手を先にしかけたのもシェルミアである。シェルミアはゴーダに剣をはじき上げられた勢いを借りて、かかとを軸にその場でくるりと身体をひねった。遠心力と筋肉のしなりを乗せた回転切りが、刀を振り上げてがらきになっているゴーダの横腹に放たれる。


 次の瞬間、ギインという激しい金属音が響く。ゴーダが再び振り下ろした刀が、すんでのところでシェルミアの回転切りに追いついたのだった。



「舞っているかのような剣さばき……。腕力任せの男の騎士には真似まねできん芸当だな」



 ゴーダがシェルミアの剣を刀で受けながら、賞賛の声を漏らす。



貴方あなたの方こそ……その片刃剣の切り返しのはやさ、驚きです」



 シェルミアが息切れひとつしていない静かな声で返す。



 数秒間の膠着こうちゃくを経て、シェルミアが盾を押し出し、両者が剣を下げた。互いに後ろに数歩下がって、間合いの外に出る。



「はっ!」



 そこから間髪入れずに、シェルミアが再び盾を構えた姿勢で突進をかけた。


 両手持ちの重く鋭いゴーダの一閃いっせんと、片手持ちの素早く流れるようなシェルミアの剣技が、激しく幾度もぶつかり合う。おのが修めし無数の型と、戦場で身につけた“勘”としか形容できない無意識の反応が、刹那の間に無数の組み合わせで組み立てられ、放たれる。


 盤上の駒の配置を、数十手先まで予測する差し手のように、ゴーダとシェルミアは互いの動きを読み合い、相手を仕留める一撃を放っては、それを受け流すべく次の手を返す。


 目が追いつかなくなるほどの激しい剣戟けんげきを、ロランとエレンローズは固唾をんで見守り、ベルクトはただじっとその展開を見届けている。


 実測時間で数十秒、おそろしく長い体感時間が経過して、再びゴーダとシェルミアは互いの間合いの外に出た。



「すばらしい剣技だ、シェルミア殿……。これほどの歯ごたえ、100年は味わってこなかったぞ……」



 ゴーダがふーっと静かな息を吐き出す。その呼吸は、久しく巡り会ってこなかった好敵手との手合わせに、打ち震えていた。



「200年以上、このイヅの平原をまもってきた貴方あなたからそのような言葉をいただけるとは、光栄です」



 シェルミアが律儀にゴーダの言葉に応える。その声には、わずかではあるが息が上がりかけている調子が含まれていた。



「……終わらせるのが惜しいほどだ」



 そう言って、ゴーダが銘刀“蒼鬼”をさやに収めた。



「それが、“魔剣”ですか」



 シェルミアが身構える。



「私は、私が認めた腕を持つ戦士に対しては、魔剣でもって応えると決めている。シェルミア殿、貴公はそれに十分かなう腕を持っていた。最大限の敬意と賞賛を込めて、全力で応えるとしよう」



 そしてゴーダが腰を落とし、蒼鬼の柄に手をかけ、抜刀の構えをとった。



「……ならば私も、全身全霊で臨みます」



 そういうとシェルミアは、古剣を顔の前に掲げ持つ奇妙な構えをとった。


 ゴーダの直感が、激しく警鐘を鳴らしている。それはおそらく、シェルミアにとっても同じことであった。


 互いに中身の知れない切り札を前にして、空気が重く沈黙する。


 兜の下で、ゴーダの顔に一筋の汗が流れた。



「――“魔剣一式:冑通かぶとどおし”」



 ゴーダが一気に前に踏み込み、シェルミアを刀の間合いに捉えると同時に、居合い切りを放った。


 刀がすさまじい初速で抜かれると同時に、次元魔法が発動する。


 次元魔法はシェルミアの周囲一帯に作用し、その空間をねじ曲げた。すると兜が空間ごと横にずれ、兜の下に隠れていたシェルミアの顔が暴かれる。硬い外装を飛び越えて、肉と骨のみを断つ、ゴーダの必殺剣である。


 シェルミアは金色の長髪を後ろに回して、1本に結っていた。凜々りりしい顔立ちと、真っぐに澄んだ瞳に、騎士としての気概が宿っている。


 ――その首、もらい受ける。


 蒼鬼のあおい刃が、シェルミアの首に届く――。



「導きたまえ――“運命剣リーム”よ」



 ゴーダとシェルミアが、交差する。


 次の瞬間、ゴーダは地に片膝を突いていた。

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