4-1 : “火の粉のガラン”
結局それから、リザリア陛下の開いた
魔族の屈強な肉体はそれでも疲労というものを感じないのだが、私の精神は睡眠を欲していた。人の形の魂を持つが故の宿命、といえば多少は格好よく聞こえるが、要は頑丈すぎる肉体に振り回されて精神がヘトヘトになっているのだ。
ど○でもドア的な、空間を飛び越える次元魔法“魔剣三式:
「! ゴーダ様、いつお戻りに?」
私室へと
「あ、ああ、ベルクト。たった今戻ったところだ」
「左様ですか。淵王陛下への謁見、少々長引いたようですね」
ベルクトは4日前と変わらず、落ち着き払った態度をしている。この4日間の私の代理も、きっとそつなくこなしたのだろう。私にはもったいない優秀な部下だ。
「そうだな……思いの
「お疲れさまでした。……刀をお持ちしましょう」
そう言うと、ベルクトは私に歩み寄り、両手を差し出した。どうやら睡眠欲にかられていた私は、刀をひどく重たげに帯刀していたようだ。私もまだまだ修練不足ということか……。しかしそんな細やかな気配りができるとは、すばらしいぞベルクト。つくづく私にはもったいない部下だよ!
「すまんな……頼む」
私は一言そう言って、ベルクトに刀を預けた。
「私が不在の間、特に問題はなかったようだな」
「はい、明けの国にも動きは見られません。……お疲れの御様子です、ゴーダ様。
私よりも頭ひとつ分背の低いベルクトが、
「悪いが、そうさせてもらうとしよう。明日からは私も復帰する」
私は再び、私室への扉に向かって歩き出す。
と、そこで背後に視線を感じて、私は振り返った。
ベルクトが、私の預けた刀を持ったまま、こちらを見ていた。相変わらずの全身
「どうした?」
睡魔で頭が回らない私は、少々間の抜けた尋ね方をする。
「……いえ、何でもありません」
ベルクトが、少し低いトーンで一言だけ口にした。
「? そうか……では明日からもよろしく頼むぞ、ベルクト」
「お休みなさいませ、ゴーダ様」
私室に1人きりとなり、
意識が溶ける直前、私は何かを忘れているような思いに駆られたのだが、次の瞬間には泥のように眠り込んでいた。
***
「ガーハッハッハ! ベル公! 起きんかい! ベール公ーやーい!」
城塞の通路を
続いて、遠くで扉を
その朝っぱらから容赦のない豪快さを振りまく人物に、私は心当たりがありすぎて、思わず眉間に指を当てて
「ガラン……また何か
私はベッドから降り、通路に続く扉をわずかに開けて、ガランの大声を聞き取り
「……ガラン殿、どうされましたか」
ガランの声に混じって、小さいがベルクトの声が聞こえてきた。
私はじっと耳を澄まして、2人の会話を盗み聞きする。
「おう、ベル公や! ちょいと入り用での、この申請書にもハンコを押してくれんかの!」
「昨日も申しましたが、これ以上の予算の承認はできかねます」
「ケチケチするんじゃないわい! のぉー、頼むー、ベル公やー。これで最後じゃからー」
「……全く同じ言葉を昨日と一昨日にも聞きましたが」
「そうじゃったか? まあまあ、昨日より今日、今日より明日、ゴーダが
「いえ、ですから――」
「もぉー、しょうがないのー! ならまた、ゴーダがぺーぺーだった頃の昔話をしてやるわい。とっておきのやつをな!」
……なるほど。どうやらガランの
ガランは昨日の夜に私が城塞に戻ってきたことを知らないようだ。どれ、お
***
「ガラン殿、私は承認印を持っておりませんので、押そうにも押せないのですが……」
大声で
「なにをぅ!? ベル公、お主、昨日までゴーダのハンコを持っておったじゃろうが! 今更とぼけても無駄じゃぞ!」
ガランが一層勢いを増してベルクトにつっかかる。
「ですから、その……あ……」
私室を抜け、
「
「ケチで悪かったな、ガラン」
私の声を背後に聞いて、先ほどまで地団駄を踏む勢いだったガランが、ぴたっと停止した。ガランの首筋に汗が流れたのが、この位置からだとよく分かる。
「……あ、あれぇー……? 何でゴーダの声がするんじゃあ……?」
凍りついているガランは、こちらを振り返りもしない。額に冷や汗が浮かんでいるのが、容易に想像できた。
「昨日の夜に戻った。残念ながら幻聴ではないぞ」
ガランが観念して、ぎこちない動きで私の方を振り向く。
「……そうじゃよなぁ……。とほほ……」
ガランががっくりと肩を落とす。
いつものことながら、だらしない。全くだらしがないぞ、ガラン……へそも、
「お前が探しているのは、これか?」
そう言って私は、イヅの騎兵隊の紋章(2本の剣がそれぞれ切っ先を正反対の方向に突き出している形。要は城塞の定時である“6時”を象徴している紋章である)が彫り込まれた承認印を取り出した。
「これを押してほしいのか、ガランよ?」
「お、おお! それじゃ! それじゃ! それを押してくれると、ワシは
ガランが私の顔を、ちらちらと上目遣いで見てくる。
「それでは、その書類を見せてみなさい」
私はガランが
「ふむ……『作業場面積の倍増』?……却下。どれどれ……『炉の増設』?……却下。なになに……『鉱山の買い取り』?……却下。却下。却下」
「だあー! もういいわい! どうせ全部却下するんじゃろ!? ケチんぼめ!」
しびれを切らしたガランが地団駄を踏み、私の手から書類をひったくろうと手を伸ばしてきた。私はそれをかわし、とりあえずすべての書類に目を通す。
「まあ待て、ガラン。もしかすると有意義で現実的な申請があるかもしれないぞ?」
「な、何? ほんとかの?」
ガランが表情を明るくした。
「……。……うむ、全部却下だな。予算が全く間に合わん」
私は冷静な口調で決定を下した。
「あー! もう! ちょっとでも期待したワシがバカじゃったぁ……」
ガランがしゅんと肩を落とす。
しかし、その
「ベルクト、ガランに何の予算を許可した?」
私のその言葉に、ガランが「まずい」といった表情を浮かべる。全く分かりやすい
「はい、ゴーダ様が淵王城に
ベルクトがきびきびと報告する。
当のガランは、私とベルクトのやりとりを見やりながら、口元に手を当てて、あわわと焦っている様子だった。
「ふむ……まあ、よかろう。ガラン相手にその程度の出費で抑えることができたのなら上出来だ」
私の反応を見て、ガランがほっと胸を
「……ガラン、ちょっとこっちに」
私はガランを手招きした。
「? 何じゃ?」
ガランが首を
「ベルクトの話を聞いて、気が変わった。承認印を押してやろう」
「な、何!? ほんとか!?」
ガランが無邪気な子供のように飛び上がった。
「ああ、押してやるから、もうちょっとこっちに来なさい」
「むふふー。どういう風の吹き回しじゃ? よく分からんが、今日は気前がいいではないか、ゴーダよ!」
ガランが無防備に私の方へほいほいと近づいてきた。
ポン。
そして私は承認印を押した。
「のわー! 何すんじゃー!」
額に承認印を押されたガランが、驚いて声を上げた。
「ちょっとは反省しなさい!」
無駄遣いはいけません!
***
朝っぱらからの一騒動は、お仕置きのオデコハンコで決着を見た。額にマジックで“肉”と書かれなかっただけ、ありがたく思えよ、ガラン。
承認印を押された額を手で隠しながら、ガランが持ち場へと戻っていく。
と、ふいにガランが、何かを思い出したように立ち止まり、私の方を振り返った。
「そうじゃ、ゴーダよ、あとでワシんとこに来い。見せたい物があるんじゃ」
「承認印を持って行くか?」
「んべー! もういらんわい! そんなもん!」
舌を出して悪態をつき、ガランの姿は通路の曲がり角に消えた。
ベルクトの寝室の前にいるのは、私とベルクトだけになった。
「さてと……豪快な目覚ましだったな。私は執務室へ戻る」
「承知いたしました」
早朝からすでに
私はベルクトを残して、執務室へ歩を進めた。
と、そこで背中に視線を感じた。そういえば、昨夜城塞に戻ってきたときにもその視線を感じたのだったと、私は思い出す。
振り返ると、やはり昨夜と同じように、ベルクトがこちらを見ていた。
「? どうかしたのか、ベルクト?」
「……いえ……なんでもありません。失礼しました」
それだけ言うと、ベルクトは
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