4-2 : 銘刀

 午後になり、まっていた書類仕事を一通り片づけると、私はガランの持ち場をのぞきに行った。


 ガランの持ち場の前に来ると、その扉の向こうから、カーン、カーンと金属が打ち付けられる激しい音が聞こえてきた。


 ガランが扉の向こうにいる何よりの証拠である。


 私は扉をノックした。しかし、扉の向こうからは金属が打ち付けられる音が聞こえてくるだけで、返事が返ってこない。


 もう1度扉をノックする。やはり返事はない。


 3度目のノックでも全く反応がなかったので、私は勝手に扉を開けた。


 ごうごうと真っ赤な炎が燃え上がる炉を前にして、作業用の椅子に座り込んでいるガランの背中が見えた。ガランは右手に大きなつちを持ち、振り上げたそれを、左手に持ったやっとこに挟んだ赤熱した刀に向かって打ち下ろしていた。


 私は作業中のガランの背中に向かって声をかける。



「ガラン、言われた通り来――」



「静かにしろ」



 ガランの冷たい声が、私の声を遮った。ガランはたった一言、それだけ言って、こちらを振り返りもせず、動かしている手を止めもせず、黙々とハンマーを振り下ろし続けている。


 私は作業場の片隅で手頃な木箱に腰を下ろし、ガランの仕事が終わるのを待つことにした。


 “火の粉のガラン”。宵の国の鍛冶組織に所属する唯一の女鍛冶師であり、私がインターネットで収集した日本刀の情報に食いついてきた変人でもある。


 ガランとは私が“四大主”の称号を得るより前からのつき合いである。私がイヅの騎兵隊を組織した当時から、ガランはずっとこの工房で備品の製造と修理を取り仕切っている。私がこの世界に転生してからの、最古級の友人だ。


 ガランには、ベルクトよりも永く世話になっている。


 ……知り合ってからの長さだけを言えば、ローマリアとのそれが最長になるのだが、とあることがきっかけで私の方からあの女との師弟関係を解消してからは、よほどのことがない限り、顔を合わせることはない。


 ガランは自分の手元に全神経を集中させていて、周囲のことが全く目に入っていない様子だった。恐らく、工房に入ってきたのが私だということにも気づいていないし、自分が「静かにしろ」と言ったことも忘れているだろう。そもそも誰かが工房に入ってきたということ自体、記憶さえしていないのかもしれない。


 ふだんは騒がしいだけの、女性らしさの欠片かけらもない破天荒なお調子者だが、仕事に打ち込んでいるときのガランは、何というか……美しいと思う。汗と炭と油とほこりで、手も顔も汚れていて、お世辞にも綺麗きれいというわけではないのだが、その目に宿る強い意志の光が、とても印象に残るのだ。凜々りりしいと言った方が正解に近いのかもしれない。


 ガランの背中を見るとはなしに見ながら、そんなことをぼーっと考えていると、刀をたたくガランの手が止まった。ガランはつちを工具台に戻し、鍛えた直後のまだ赤熱している刀を、“素手でつかんで持ち上げた”。ガランの手ににじんだ汗が灼熱しゃくねつの鉄に触れ、瞬時に蒸発するジュウっという音が、離れた場所に座っている私のところにまで聞こえてくる。


 火の属性をその身に宿すガランにしかできない荒技である。


 赤く燃える刀を目の高さにまで持ち上げ、その出来映えを様々な角度から眺め回してから、ようやく納得がいった様子で、ガランは刀を水にけた。水が沸騰するシュー・ブクブクという音と、立ち上る蒸気の量が、鉄の熱さを物語る。



「ふう……。ん? おお、ゴーダ、来とったんか」



 先ほどまでの冷たい声音と真剣な表情はどこかへ消え去り、悪ガキのような調子がガランに戻った。



「ああ、邪魔してるよ。あんたの仕事振りを見ていた」



「……気持ち悪いやつじゃな、お主……。黙って他人の部屋に忍び込んで、じっと見つめているだけとは……」



 ガランが自分の両肩に自分の腕を回して「うわぁ……」と引いた仕草を取った。ちょっとでもあんたのことを心の中でリスペクトしてしまった私の時間を返してくれ。



「ゴホン……それで? 私に見せたい物というのは?」



「おお! そうじゃった、そうじゃった! 今取ってくるから、そこで待っとれよ!」



 手の平をぽんとたたいて用件を思い出したガランが、工房の奥へと姿を消した。


 数分後、ガランが布にくるまれた何かを持って戻ってきた。



「全く、コイツが完成して最高に気分が乗っているときに、肝心のお主が不在じゃったからのう。熱が冷めてしまって、どうでもよくなりかけとったわい」



 ガランが“コイツ”と呼んだ物をくるんでいる布を解く。


 そこにはさやに収まった、一振りの刀があった。



「これを私にか? 先日の折ってしまった分の代わりはもう受け取っているが――」



「つべこべ言わず、抜いて見ろ! 文句があるならそれから言うんじゃな!」



 ガランが鼻の穴を膨らませて、ふんふんと荒い息を吹き出している。どうやらよほどの自信作らしい。そこまで言うなら、私も気になってくる。


 私はガランからその刀を受け取り、柄に手をかけ、ゆっくりと刀身をさやから引き抜いた。研がれたばかりの刃が、さやの内部をめるサーっという静かな音が聞こえる。


 そして、深海に続く海面のような、深いあおを宿した刀身があらわになった。



「おお……! これは……!」



 その刀の見事な出来映えに、私は言葉を失ってしまった。



「むっふふー。どうじゃ? 凄いじゃろ? 綺麗きれいじゃろ? 格好いいじゃろ?」



 私の反応に満足したのか、ガランが腕を組み、胸を張ってふんぞり返る。



「ワシの最高傑作じゃ!」



「これは……なんというか……もう、なんというか……すげえとしか言えんな……」



 私はぽかんと口を半開きに開けて、その美しいあお色の刀身に完全に魅入ってしまっていた。



「お主がこの間討ち取った、明けの国の騎士な。蒼石鋼あおいしはがねなんて珍しいもんであつらえた装備で固めとったじゃろ? ちょいと興味があっての、やつ亡骸なきがらの脇に転がっとったメイスを拾ってきたんじゃ。いやあ、これがまた、心材に純度の高いのが使われとってのう。それで刀を打ったらどうなるもんかと想像したら、眠れなくなってしもうてな」



 ガランがぺらぺらと言葉をまくし立てる。よほどその話を私にしたかったらしい。目が爛々らんらんと輝いている。自分の領分の話となると、途端に饒舌じょうぜつになるその気持ち、オタク魂を持つ私には痛いほどよく分かった。



「最初に、いつものやり方で打ってみようとしたんじゃが、ワシの炉の火ではうんともすんともいかんかったんじゃ。火力が全然足りんでのう。“紫炎炭しえんたん”の火力なら事足りるが、そうすると今度は高すぎる熱で炉がいたんでしまう。“不浄の泥”で炉に皮膜を張ってやれば刀1本打ち終える間なら問題ないでな、それの買い出しをお主に言いに行ったのよ。そしたらお主、淵王城に行っとってらんとベル公が言うではないか! じゃからワシはベル公を押し倒――ゴホン、ベル公にお願いしての、必要な物をそろえてもらったのよ」



 ガランは大股を開いて椅子にどかっと座り、「いやあ、大変だったんじゃよ」と武勇伝を語り続ける。



「工具が熱にやられて、刀身を鍛え終わる前に何本もお釈迦しゃかになるわ。やっと鍛えたと思ったら、今度は焼きがうまく入らんわ。必死こいてそこまでたどり着いたら、しまいにゃ硬すぎてちびっとずつしか磨けんで、一睡もせずにずうーっと磨き続ける羽目になるわ。恐ろしく硬い上に、ねばりもある。刀にするには最高の材質と言えるが、あんまりにも材質がよすぎて、そもそも刀の形にすることができんというような代物じゃったよ」



 私はガランの話を聞きながら、まだそのあおい刀身を眺めていた。



「だが、あんたはそれを刀にしたんだな」



「そりゃ、腕がいいからのう!」



 ガランが自分の腕をバシっとたたいた。



「ワシでなけりゃできん仕事じゃ!」



「変態だな」



「はん! それは褒め言葉じゃい!」



 テンションの最頂点を越えたガランが、賢者モードになって、声のトーンをひとつ落として言葉を継いだ。



「……間違いなく、ワシの生んだ子たちの中で最高の出来できじゃよ。使ってやってくれ」



 ガランが柄にもなく、どことなく寂しげというか、悲しげというか、少し影の差した表情になる。


 ガランは本当に腕のいい鍛冶師だ。生まれつき腕力が強く火の属性を持つガランの種族は、鍛冶師になるために生まれてきたような存在である。それに加えて、ガランは女性特有の感受性の強さもあって、まるで我が子をでるように、語りかけるように鉄を打つ。


 だからガランは、自分の打った道具が乱暴に扱われることをひどく嫌うし、道具が傷つくことをとても悲しむ。


 ベルクトを筆頭に、イヅの騎兵たちにいつも「相棒の道具には愛着を持ってやれ」と言い聞かせているのは、それが理由でもある。


 まぁ、先の戦闘で刀を折ってしまった私が言えたことではないのだが……。



「あんた、こういう特注品の仕事は嫌がってやってこなかったじゃないか。愛着が湧きすぎて、後々つらくなるとか言ってただろう」



 私の言葉に、ガランが首を振る。



「いや、いいんじゃ。お主になら“その子”を託せる」



「あんたの打った大事な刀を、折ってしまうような男だぞ? 私は」



 ガランがにっと笑う。



「道具はいつか壊れるもんじゃ。それに、お主が人一倍、ワシの子たちのことを気にかけてくれとるのは知っとるよ。いつも丁寧に手入れしてくれていること、礼をいうぞ」



 それからガランは、ぷいっと横を向いて、首をきながら、気恥ずかしそうに口を開いた。



「……はみ出し者のワシに、立派な工房を任せてくれたのはお主だけじゃったからな。まあ、女鍛冶の気まぐれじゃ。300年越しの礼代わりだと思って、素直に受け取れ」



 それを聞いて、私はふっと口元を緩めた。深いあおに染まる刀身を、ゆっくりとさやに戻す。見事に鍛え上げられた刀身は、静かに吸い込まれるようにさやに収まった。



「こいつの銘は、何という?」



「? “銘”とはなんじゃ?」



 ガランが椅子の上であぐらをいて、首をかしげた。



「私の生まれた国では、刀鍛冶は自信作に名前を付ける。あんたの最高傑作なんだろう? なら銘を付けてやらないとな」



 ガランが「ほお」と感心したように口と目を丸く開いた。



「ふむ、そうか。ならば……」



 ガランがあぐらをいた姿勢のまま、こめかみに指を当てて、「うーん」とうなりながら頭を悩ませている。その姿は、我が子に贈る名前を一生懸命考える、親の姿そのもののように見えた。



「……“蒼鬼あおおに”。その子の銘は、蒼鬼じゃ」



「蒼鬼か。いいんじゃないか?」



「いしし。そうかの? いい感じかの?」



 ガランが心底うれしそうに、無邪気に笑った。



「ゴーダよ、蒼鬼をよろしく頼む。その子がお主のよき相棒になることを祈っとるよ」



「案ずるな、ガラン。私は四大主“魔剣のゴーダ”。この私に扱われることほど、刀剣たちが望むものはないだろうさ」


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