3-4 : “淵王リザリア”
次の瞬間に四大主が踏み込んだのは、大回廊とは似ても似つかぬ場所であった。
そこは幅と高さが大回廊よりもひとまわり小さい作りになっていた。建築様式も、
大回廊とは違って、この場所にはきちんと“果て”があった。四大主が立っている場所から10メートルほど先、月光が遮られ影が落ちている場所に壁がある。
しかし、ここには大回廊とは違って、“入り口がどこにもなかった”。左右と天井には窓があり、前方と後方には壁がある。それだけである。扉はどこにもない。
先ほどまで四方を囲んでいたはずの4人の
「……よい、下がれ」
四大主の前方の壁に落ちる影の中から、声が聞こえた。
その声を聞き、4人の
4人の
「皆、
影の中の声が命じるままに、四大主たちが顔を上げる。それと同時に、窓から差し込む月光の角度が変わり、四大主たちの視線の向かっている影を照らし出した。
月の弱い光に照らされ、影の中に玉座が浮かび上がる。
そして玉座に座す、“少女の姿をした何か”の姿が
「おお……! リザリア陛下……
リンゲルトが思わず、歓喜と畏怖に満ちた声を漏らした。
「……」
感激で打ち震えているリンゲルトを、しかし
「……“渇きの教皇”よ、口を慎みなさい……陛下の
ローマリアが、大回廊でのやりとりとは打って変わって、固く鋭い口調でリンゲルトを
「……気にせずともよい。口を開けてよいとは言っておらぬが、口にしてはならぬとも言っておらぬ。余の言葉は絶対であるが、余の命じておらぬことは余の言葉ではない」
宵の国に住む魔族でさえ、精巧に作られた人形であると言われれば納得してしまうような、生命を感じさせない容姿と
「四大主よ……四方の
「リンゲルト、貴様から」
「はっ。我が“墓所”におきましては、この半年で3度、明けの国より小さな侵攻がありましてございます。そのいずれにおいても、明けの国の兵力は我が兵たちの前に歯も立たず、
「ふむ……カースの方はどうなっておるか?」
指名を受けたカースと呼ばれた男が、ダンジョン“
「我らが“森”には、武器を持たぬ人間が事ある
「ローマリア、貴様はどうか?」
ローマリアがダンジョン“星海の物見台”の報告を始める。
「わたくしの“塔”には、人間の魔法使いたちの放った使い魔が
「……最後にゴーダ、報告いたせ」
「我が騎兵隊の“城塞”では、頻繁に小規模な戦闘が起きています。つい3日ほど前にも、
「そうか……。皆、御苦労である」
「四方のいずれにも、明けの国の兵役に就く者か、それに近しい者が寄りついておるということか。この状況、どう見るか?」
「軟弱で愚かな人間の成すことでございます。我が墓所に眠る財宝欲しさに愚行に及んでおるのでございましょう。陛下、お許しくだされば、この老骨、逆に打って出て明けの国の領土を奪って参りましょうぞ。そのための十分な兵力が墓所には備わっておりまする」
「ならん」
リンゲルトの進言を、
「陛下、何を臆することがございましょうか。このリンゲルトめにお任せを――」
「2度は言わぬ」
「ぐっ……お、仰せのままに……」
それに
「
リンゲルトが黙りこくったところで、ゴーダが口を開いた。
「
「貴様ならそうするというのか? ゴーダよ」
「人間の形の魂を持つお前なら、そうすると?」
「私が人間、とりわけ戦場を机上の遊戯と捉える人間だったとすれば、そうするでしょう」
「そのために配下の者を捨て駒にしてまでか?」
「そうするでしょう。相手の大将駒を落とすためなら、数百の手駒を捨ててでも弱点を洗い出し、その後数千の手駒を捨ててでも攻め切ろうとするでしょう」
「そういうものか」
「そういうものです」
それを横で聞いていたローマリアがクスクスと笑い出した。
「あらあら、それでは近い内、もしかすると、この中の誰かが
その場に一瞬の沈黙が降りた。
「私に限って、それはあり得ん」
ゴーダがきっぱりと否定した。
「わたくしも、そのつもりはなくてよ?」
ローマリアが嘲笑を漏らした。
「我らが
カースと呼ばれた男が
「ふん、この程度の探りの入れようでは無駄骨よ。切り札の存在を知らぬまま、手札を見透かした気になって、痛い目に遭うだけと分からぬか、明けの国の連中は」
リンゲルトが不機嫌そうに歯をかちかちと打ち鳴らした。
「威勢のよいものよ」
玉座の上で
「それでこそ余自ら、魔族最高位の称号“四大主”を授けた者たちよ。その力、このリザリアに示し、奉ずるがよい」
四大主たちが
***
「それでは陛下、我らはこれにて失礼いたしまする。次の謁見が
玉座を前に、最古参のリンゲルトが四大主を代表して、帰路に就くことを告げた。
四大主たちが、再び姿を現した4人の
「うむ、まあ待て、皆よ」
去ろうとする四大主たちの背中に、
四大主たちが玉座を振り返る。
「どうなさいましたか? 陛下」
「
「お言葉ですが陛下、我らは
「
その言葉を聞いた瞬間、四大主たちに衝撃が走った。
「(!! リザリア陛下が! あの、大事なことでも2回は言わない、リザリア陛下が!)」
「(に、2度
「(『ゆっくりしてゆけ』と、確かに2度
「(な、なんということじゃ!
ゴーダが兜の上から
「(うっ……陛下……ずっと1人だったから寂しかったのか……ぶわっ)」
ローマリアが絹の白いハンカチで目元を拭いた。
「(
カースと呼ばれた男が、直視できずに顔を
「(陛下、寂しさを
リンゲルトが白骨化した手の平で、空っぽの
「(おお、陛下……寂しい思いをされていたことを
そして四大主たちは玉座の下に駆け寄り、これまでで最も美しい姿勢で
「「「「お言葉に甘えて、ゆっくりさせていただきます、リザリア陛下」」」」
一糸乱れぬタイミングで、四大主たちが声を
後にこのことを振り返った4人の
「そうか。うむ、そうするがよいぞ」
そしてゴーダは、心の中で一言だけ
「(許せ、ベルクト。帰りは遅くなりそうだ)」
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