3-3 : 大回廊の4人の侍女

「――ようこそお越し下さいました」



「――遠路はるばる、長旅お疲れにございましょう」



「――かなめの守護の任の中、時間をお作りいただき感謝いたします」



「――その忠節、”淵王えんおう”陛下もお喜びになられましょう」



 淵王えんおう城の大回廊に4人が集まった途端、先ほどまで気配もなかった場所に、4人の侍女じじょが立っていた。


 ゴーダがこの淵王えんおう城にやってくるのはこれが初めてではないのだが、この“4人の侍女じじょ”がどこからやって来るのか、いまだに分からないままでいる(恐らく他の3人も分からないのだろうなと、ゴーダは確信に近い予測を随分前から立てている)。


 4人の侍女じじょは、4人ともが全く同じ体格をしていて、黒と白の2色だけが配された全く同じ服装をしていた。丈の長いスカートで足下を隠し、端がラッパ状に広がった袖からは、黒い手袋をはめた手がのぞいている。スカートや袖といった末端部分はゆったりと広がっているが、胴回り・胸元・腕・首と言った部分はぴっちりとしていて少々きつそうな作りになっている。襟は長く、顎の真下部分まで伸びていて、首を完全に隠している。頭には四角く大きな頭巾を被っていて、頭巾からは黒い布が垂れ、それが顔を覆い隠している。黒い布は侍女じじょたちの鼻の下までを覆い隠していて、口元だけがのぞき見えるようになっていた。


 4人の侍女じじょは口元の作りも全く同じで、見分けるための身体的な特徴は皆無かいむであった。


 侍女じじょたちは4人ともが澄んだ美しい声をしていて、それぞれが異なる声をしているようにも聞こえるし、聞き分けようと集中すると違いが分からなくなっても来る、不思議な声音と抑揚で言葉を発している。


 4人の侍女じじょを唯一見分ける方法は、その手に持っている道具だけである。


 1人目の侍女じじょは、燭台しょくだいを持っていた。


 2人目の侍女じじょは、呼び鈴を持っていた。


 3人目の侍女じじょは、何も持っていなかった。


 そして4人目の侍女じじょは、小さな鍵を持っていた。


 4人の侍女じじょが、4人の来客者に問いかける。



「――東の守護、“イヅの城塞”の主、“魔剣のゴーダ”様で相違ありませんか?」



 燭台しょくだいを持った1人目の侍女じじょが問いかけた。



「相違ない」



 ゴーダが冷静な声で答えた。



「――西の守護、“星海せいかい物見台ものみだい”の主、“三つの魔女ローマリア”様で相違ありませんか?」



 呼び鈴を持った2人目の侍女じじょが問いかけた。



「ええ、もちろん、相違ありませんわ」



 ローマリアがクスクスと笑いながら答えた。



「――南の守護、“暴蝕ぼうしょくの森”の主、“むしばみのカース”様で相違ありませんか?」



 何も持っていない3人目の侍女じじょが問いかけた。



「問題ない。陛下の許しを得ておりますゆえ」



 カースと呼ばれた男が、うなずきながら答えた。



「――北の守護、“ネクロサスの墓所ぼしょ”の主、“渇きの教皇リンゲルト”様で相違ありませんか?」



 小さな鍵を持った4人目の侍女じじょが問いかけた。



「当然にございます。此度こたびのお目通り、光栄に存じまする」



 リンゲルトがお辞儀をしながら答えた。


 来城者の確認を済ませると、4人の侍女じじょは膝と腰をかがめて歓迎の態度を示した。



「――皆様の御身分に相違なきこと、確かにうけたまわりました」



「――改めまして、此度こたびの御来城、我ら心より歓迎いたします」



「――“四大主”の皆々様を、玉座の御前ごぜんへ御案内いたします」



「――私どもがお導きいたします。どうぞ、こちらへ……」



 4人の侍女じじょが左右2人ずつに別れ、手の平を上にした腕を胸元に当て、深々と頭を下げて、四大主たちを大回廊の奥へと招き入れた。



***



 ゴーダ、ローマリア、カースと呼ばれた男、リンゲルトの4人が、果てしなく続く大回廊の奥に向かって歩き始めると、4人の侍女じじょもそれに付き従って歩き始めた。


 4人の侍女じじょは、四大主の四方を囲むような配置を取り、互いの距離と歩幅を完全に合わせて歩いている。それはまるで、獄吏ごくりが罪人を連行している光景のようであり、騎士が戦死者を国葬にかけている光景のようでもあった。そして何より、その光景は、来賓らいひんを何かから隔離する結界のようであった。


 四大主を大回廊の奥へと導きながら、4人の侍女じじょは呪文のような言葉を口にし始める。


 1人目の侍女じじょが、ともった燭台しょくだいを両手にいだいてとなえる。



「――私は“照らす者”。月のないであろうとも、足を踏み外さぬように、私が道を照らしましょう」



 2人目の侍女じじょが、呼び鈴を鳴らしてとなえる。



「――私は“しらす者”。すべてが眠っていようとも、気づかぬ者がらぬよう、私が鈴でしらせましょう」



 3人目の侍女じじょが、何も持たない手を腹に重ねてとなえる。



「――私は“う者”。もうとなりろうとなろうとも、決して道に迷わぬよう、私が手を取り添い歩きましょう」



 4人目の侍女じじょが、小さな鍵を胸に当ててとなえる。



「――私は“送る者”。望郷ぼうきょうの思いに駆られようとも、この来た道を引き返さぬよう、私が送り届けましょう」



 そして4人の侍女じじょが一斉にとなえ、それはたった1人が発したとしか思えない、完全な単一の声音となった。



「――我らが城主、“淵王えんおうリザリア”陛下の御下みもとまで……」

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