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湖の底にアーチがあるというのは、ダムを造ったことで湖底に沈んでしまったナチュラル・アーチがあるということだろうか。それ自体は確かに考えられる話だ。というより、あれだけ広大な渓谷だったのだから、ナチュラル・アーチの一つや二つはあったと考える方が自然だろう。僕自身、自分の足で訪ねることができるアーチについてはいろいろと情報を集めていたが、実際に行きようがないものについては考えたこともなかった。

しかし、そのアーチをくぐって別の場所に行けるというのは、あまりにも突飛な話だ。とても信じられる話ではなく、何と答えてよいかわからなかった。ただ、その一方で、不思議なことに彼の話を頭から否定する気にはなれなかった。それは、彼が身にまとう見慣れない服装や装飾品がそう思わせたのかもしれないし、あるいは、少年がこんなところに一人きりでいるという不可思議な事実を目の当たりにしたせいかもしれなかった。いずれにせよ、もっと詳しく話を聞かないといけない。


「湖の底にあるそのアーチは・・・いったいどうして光るの?」

ジョッシュは平然として、淡々と答えた。

「どうして光るかって?それは僕にもわからないよ。でも確実に言えるのは、満月の夜だと、その光が大きいってこと。特に月が真南にきた時には、湖に映る月の姿にアーチの光が重なって、二重の輪になって光るんだ。そういう時は、確実に向こうの世界に戻れる。体が何かに引っ張られるような感じになるのさ」

「そうやって、アーチをくぐるわけだ」

「そうだよ」

「アーチをくぐった先には何があるの?」

「僕たちが住む場所さ。”内界”って呼んでるんだ」

「それは・・・」

そこまで口にして、言葉に詰まってしまった。その先は何と質問すればよいのだろう? ”どこにあるの?”という訊き方には、あまり意味がないように思えた。きっと彼は、”アーチをくぐった先にある”と答えるだろう。

ジョッシュは僕がその先を続けるのを待っていたようだが、しばらくたっても黙っていたので、自分から口を開いた。

「ねえ、今日が満月の日なんだよ」

不意に話題を変えられたので、僕は彼の言ったことが頭に入らなかった。

「何だって?」

ジョッシュは僕の目を見つめ、もう一度ゆっくりと繰り返した。

「今夜が満月なんだ。帰るチャンスなんだよ。何とかして、月が真南に昇る前に湖まで行きたいんだ」

僕は彼の足に目をやった。ここからレイクパウエルまでどのくらい距離があるのかわからないが、この怪我では先を進むのは難しいだろう。

「歩けないだろ、この怪我じゃ」

僕がそう言うと、彼の表情が一気に曇った。

「無理しない方がいいよ」

なだめるつもりで重ねるように言ったが、僕の思いとは裏腹に、彼の目にはみるみるうちに涙が溢れた。うつむくと、大粒のしずくが渇いた大地にボロボロと落ちた。

「なにも今日じゃなくてもいいだろ?明日だって、ほぼ満月だよ」

ジョッシュはうつむいたまま、首を横に振った。涙があちこちに飛び散った。

「ダメなんだ、今日じゃないと。間に合わないんだよ」

「何が間に合わないの?」

その問いに、彼は泣き声になって叫んだ。

「家に帰れなくなっちゃうよ!」


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