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レイクパウエルはコロラド川を堰き止めてできた人造湖だ。この一帯はかつてグレンキャニオンと呼ばれる渓谷だったが、生活用水の安定的な供給や電力確保を目的にダムを造る計画が持ち上がり、1966年にグレンキャニオン・ダムが完成した。それから何年もの歳月を経て、コロラド川の水を溜め、レイクパウエルができあがった。今は湖畔にマリーナ(ヨットやボートの係留地)や宿泊施設ができ、遊覧船が周航しているほか、様々なマリンスポーツを楽しむことができるレクリエーションエリアになっている。
だがしかし、マリーナなどの施設があるのは湖の南端だったはずだ。僕たちがいるこの一帯は湖の北側に位置するので、近辺に人が集まるような場所があるとは思えない。
「湖に行って、何をするの?」 僕は率直に疑問を投げかけたが、まったく想定しない返事がかえってきたので、思わずひっくり返りそうになった。
「帰るんだ」
「帰る?どこへ?」
「家だよ。家に帰るの」
さっきも言ったとおり、レイクパウエルは渓谷を流れる川を堰き止めてできた湖だ。元々何もないし、特に北側には施設の建物すらない。草も生えない無機質な岩山が、ただ連なっているだけだ。
「家って・・・、あんなところに人は住めないだろ?それとも、湖の上にボートでも浮かべて暮らしているとでもいうの?」
ジョッシュは首を振った。
「湖の上じゃないよ、その向こうだよ」
僕には彼の言うことがまったく理解できなかった。
「向こう?湖を渡るということ?」
するとジョッシュは、さらに首を大きく横に振りながら驚くべきことを口にした。
「違うよ、湖の奥だよ。何と言ったらいいのかな?裏側というか・・・。湖の底を抜けて行くんだ」
僕は黙ったまま彼の顔をじっと見つめた。頭の中が混乱するのが自分でもわかったので、冷静になろうと必死で自分に言い聞かせた。
しばらくの間を置いて、しびれを切らしたように彼が話を続けた。
「湖の底に、アーチがあるんだ。それが光るときがある。光るのが見えたら、アーチをめがけて思い切り湖に飛び込むのさ。そうすれば、アーチをくぐって僕たちが住む場所に行くことができるんだ」
僕はただ呆然として、言葉を返すことができなかった。
湖の底にアーチがある?
そのアーチが光る?
そこをくぐることができる?
くぐった先に、こことは違う場所がある?
彼がひとこと口にするたびに、僕の頭の中は疑問符で満たされていった。いろいろと質問したいことがあったが、あまりに多すぎて何から訊けばよいかわからなかった。
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