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やっとのことで谷間を抜けると、さらに別の谷が続いていた。その光景が目に入っただけで気が遠くなりそうだったが、それに加え、少年が通った痕跡が何も見当たらなかったことが、僕の気持ちをよりいっそう滅入らせた。不安な気持ちを抱えたまま、この谷を何度か折り返し、しばらく行くと右側に垂直な岩壁が続いている場所に出た。雨水が岩壁の表面を流れ落ちた跡なのだろうか、何本もの黒っぽい線が縦に入っている。そこをさらに進むと、連続する黒い線の模様が途切れたあたりに、何か記号のようなものが描かれているのが見えた。それは岩絵と呼ばれるもので、その昔、このあたりに住んでいた先住民が描いたものだ。岩絵には、岩の表面を削って描いたものと、顔料を塗って描いたものとの2種類があり、前者をペトログリフ、後者をピクトグラフと呼んで区別しているのだが、ここに描かれていたのは前者だった。右上から左下に向かって引かれた、ゆがんだ2本の線。その線の間に、お椀を下向きに伏せたような半円が描かれていた。何を描いたものかわからない。ひょっとしたら、絵ではなく記号かもしれない。
ふと横に目をやると、その岩絵が描かれている壁の脇に、人がやっと通れるほどの隙間があるのを見つけた。それは、スロットキャニオンとかコークスクリューキャニオンなどと呼ばれる、鉄砲水が岩肌を削ってできた狭い割れ目だった。もう一度、まわりをぐるりと見回したが、人影はもちろんのこと、足跡の一つも見つけることはできなかった。僕は迷った末、この岩壁の隙間を進んでみることにした。
ふと、スチュのことが頭に浮かんだ。彼はどうしただろう?ブロークン・ボウを眺めながら、まだ僕のことを待っているだろうか。でも、今から戻ったところで、待つよう頼んだ30分はとっくに過ぎてしまっているだろうし、もし、僕があの少年に会うことができれば、この事情を彼もきっと理解し、許してくれることだろう。そう思い、心の中で謝りつつ先を急いだ。
このスロットキャニオンは狭く、進むには体を横向きに入れ、まるで蟹のような姿勢で歩かなければならなかった。かつ、この谷は蛇行しているので、先が見通せない。僕は不安で、落ち着かなかった。ところどころ、谷の幅が広がって小さな空き地のようになった場所に出ると、心底ほっとした。少年を追うことに夢中で自分でも気づかなかったのだが、咳が出るくらい喉の奥までカラカラに乾いていた。少しでも体が自由に動かせる場所に出ると、リュックから水筒を取り出し水分を補給した。このような状況で口にする水は、本当においしく感じた。
横向きのまま、しばらく歩き続けた後、やっとのことでスロットキャニオンの反対側に出た。おそらく距離にするとそれほど長くはなかったのだろうが、何しろまっすぐ歩けないので相当時間がかかったように感じた。
ここからあたり一面を見渡したが、これまでと同様、赤茶けた岩山が連なる風景が広がっているだけだった。少年の姿は見当たらない。ひょっとして道を間違っただろうか?それとも、僕が見たあの少年は、やはり幻覚だったのだろうか。これまでの自分の判断に、急に自信がもてなくなってきた。
左手に、比較的傾斜が緩やかな小高い岩山が見えた。とりあえずそのてっぺんまで登ってみて、そこから何も見えなかったら諦めて引き返そう。そう考えながら、今度は急ぐでもなく、ゆっくりと自分のペースで歩き始めた。
下から見ると、それほど急な斜面には見えなかったのだが、実際に登ってみると思った以上にきつかった。高さもそれなりにありそうだ。岩肌がつるつるしているので、滑らないよう足元に気をつけなければいけない。僕は自分の膝を、腕で上から押さえつけるようにして、一歩一歩登って行った。
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