5

「ごめん、遅くなった」

やっとのことで彼に追いついた。急いだので、息が上がる。

「いったいどうした?」 スチュが怪訝な顔をして言った。

「さっき僕が指差したところに、人の姿が見えたんだよ。子供の背中のようだった・・・」

スチュが眉間に皺を寄せた。

「人が見えた? あんなところに? まさか。動物か何かと見間違えたんじゃないのか。たとえばキツネとか、ウサギとか、猿とか・・・いや、猿はここにはいないか」

彼はそう言って一人笑った。

確かに見えたのは一瞬だった。あのベージュ色の服に見えたものは、キツネだったかもしれない。しかし、僕がそれを動物ではなく人だと思ったのは、なにか黒っぽいものも一緒に見えたからだ。つまり、それを人の髪だと思ったのだ。果たしてあれがキツネなんかだろうか。


僕があれこれ思案しているのを見て、スチュは急かすように言った。

「早く行こう。あまりのんびりしていると、帰りが遅くなるぞ」

それはそうだ。日のあるうちに、少なくともトレイルヘッドまでは戻らないといけない。歩いている途中で日が暮れてしまっては大変だ。あたりが暗闇に包まれてしまい、身動きが取れなくなる。今度はスチュから引き離されないよう、急ぎ足で着いていった。

うねる谷の底をひたすら歩いた。蛇行しているところを見ると、このあたりも大昔は川が流れていたのだろうか。やがて小高い丘が現れ、それを登りきると、突如、目の前に巨大なアーチが姿を現した。

「うぉー!」

僕とスチュは申し合わせたかのように、同時に声を上げた。

「大きいね! 凄いよ、これは!」

スチュはかなり興奮している。それは僕も同じだったが、ちょっと声にならないほどの衝撃だった。自然が作り上げた美しく立派なアーチが、人がまず立ち入ることのないこんな奥地でひっそりとたたずんでいる。そのことに感動を覚えた。

ちなみに、ブロークン・ボウという名は、かつてこのアーチの下に、先住民であるインディアンが使っていたと思われる壊れた弓が落ちていたことから付けられたとの話がある。近くには彼らが描いたと思われる岩絵も残っているので、何にせよ、その昔に彼らがこのあたりで生活していたのは間違いないだろう。彼らはこのアーチを見て、何を思っただろうか?


僕たちは丘の上に腰を下ろし、しばらくの間アーチを眺めていた。丘とアーチとの間には、かつての川床と思われる、削り込まれた小さな谷が横たわっている。それがまた、アーチがまるで台座に載った芸術作品であるかのような雰囲気を醸し出していた。名前の由来はともかく、このアーチそのものが弓のような形をしており、扇型に削られた巨大な穴の向こうに、白い雲が浮かんでいるのが見えた。なんと壮大な風景だろう。この満足感を表現するのは難しい。このまま、ずっと眺めていたい気分だった。

しばらくの間、ぼぉ~っとしながらこの景色を堪能していたが、ふと、あることに気づいて僕は立ち上がった。アーチの下に壊れた弓が落ちていて、それを発見したということは、誰かアーチの真下まで行った人がいるということ。つまり、アーチの下に続く道があるということだ。僕は丘の端に立ち、川床の跡を見おろした。ところどころ、足跡のようなものが続いているのが見える。やはり、川床に下りられる道がどこかにあるようだ。僕は登ってきた丘の手前までいったん引き返し、そこから、脇に見える狭い道に入った。雨水がたまっているところを見ると、どうやらここが川床のようだ。その道に沿って歩くと、アーチが立っている崖の真下に抜けることができた。さらにそのまま通り過ぎて迂回するとアーチの右手の土手に出られるのだった。この土手を登って行けば、アーチの真下まで行けるに違いない。急な斜面だが、土が柔らかいので何とか登れそうだ。僕は土手の斜面を何度も左右に折り返しながら、ゆっくりと登って行った。アーチがどんどん頭上に迫ってくる。さっきの場所から見るのとは迫力が違う。アーチの真下に着いたとき、思わず大きなため息が出た。

向かい側の丘に、スチュがいるのが見えた。大きな岩の上に腰かけている。

「おーい、スチュ!」

呼びかけた声が周りの岩山に当たって反響したのか、彼は僕のいる場所がすぐにはわからないようで、あたりをキョロキョロ見渡している。

「スチュ!ここだよ!」

僕はもう一度大声で呼び、両手を挙げて振った。スチュはやっと僕に気づき、一瞬驚いた表情を見せたが、すぐに笑顔になって同じように手を振り返した。

アーチの裏手は土が盛られたように、せり上がっていた。僕はこのアーチの写真を裏側から撮ろうとその土手を上がって行った。土手のてっぺんまで来たところで振り返ると、大きく開いた穴の向こうに、豆粒ほどのスチュの姿が見えた。数枚写真を撮ったところで、僕はアーチとは反対の方向に目をやった。谷はまだ続いている。この先、いったいどこまで続いているのだろう?このままどんどん進んでいくと、ひょっとしたらまだ誰も知らないアーチを発見できるのではないだろうか?

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