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僕たちはユタ州のエスカランテという小さな町に辿り着いた。そして町のはずれにある古びたモーテルに宿を取った。これから一週間ほど、ここに滞在する予定だったので、少しでも宿代が安そうなところを選んだのだ。

町に着いたのは夕方だったが、まだ日は高い。そこで、周辺を散策することにした。この町は東西に貫く州道12号を目抜き通りにして、南北両側に細い道が碁盤の目のように敷かれている。僕たちは南に向かって歩き出した。

そもそも目抜き通りですら賑わった感じはしないのだが、道を一本はずれると、もう周りには店らしきものもなく、民家だけが点在している。さらに南に進むと、家の数も減り、牧草地が見えてきた。柵で囲われているところを見ると、どうやら個人が所有する牧場らしい。遠くに何頭かの牛が群れになって、たたずんでいるのが見えた。僕らは道の脇に転がる、ひと抱えくらいある石の上に腰を下ろした。

「なんか平和だな・・・」

スチュがポツンとつぶやいた。

「ああ、なんか平和だ」

僕は牛が草を食むのを眺めながら、彼の言い回しをそのまま繰り返した。日は傾いてきたものの、空は抜けるように青く、白い雲がところどころに浮かんでいる。彼が口にした”平和”という言葉が、今の状況を的確に言い表しているように思えた。何をするわけでもない。ただぼんやりと景色を眺めているだけだが、自分がとても贅沢な時間を過ごしているように感じた。


その時、柵の向こうから、2頭の大きな犬が激しく吠えながら僕らの方へ駆け寄ってくるのが見えた。1頭は黒、もう1頭は白と茶のブチだ。今にも柵を乗り越え、噛みついてきそうな勢いで吠え続けている。僕らは慌てて腰を上げ、もと来た道を戻り始めた。犬たちは柵に沿って僕らを追いかけ、ずっと吠えていたが、柵の端まで行ったところでこれ以上追えないとわかったのか、やっと吠えるのを止めた。

スチュが首をすぼめて言った。

「賢い犬だな。僕らがヨソ者だとわかったらしい」

「まったくだ。よほど怪しかったのかな」

「きっとオハイオの匂いがしたんだろう」

“オハイオの匂い”か・・・。それがどんなものか、いや、そもそも、そんなものがあるのかどうかもわからないけど、僕はユタのこの一帯の空気が、オハイオのそれとはどこか違うと感じていた。最初は単に、空気がきれいなだけだと思っていたのだが、何かが違う。何がどう違うのか、それをうまく説明することはできないのだけれど・・・。

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