2015/10/18 side”A” PM14:12

 片方だけの、手編みの手袋。壊れて、もう時間を表示してくれない腕時計。そして不思議な出来事の数々。これが私の初恋のすべてだった。

 あれから私は大学は受験せず、留学もせず、自分の実力で合格できそうな隣の市の短大を受験した。無事に合格し、翌年の四月から私は学校の近くで一人暮らしを始めた。母は結局、何度か手続きをしに帰国したのを除けば、父のもとに行ったままになってしまった。

 短大もなんとか卒業して、地元の中堅会社に事務職として勤務。そこで出会った三歳年上の男の人も猛烈なアプローチを受けた。最初はぜんぜん興味がなかったけど、あまりに熱心に口説いてくるから、仕方なくデートをした。何度かデートをするうちに、相手のよさが少しずつわかってくるようになって、私の胸は初めてカズコちゃん以外の相手にときめいた。ひょっとしてこれが恋というやつなのだろうか、などと思った。

 半年後に、結婚。子供も産まれた。子供には、マリカと名前を付けた。母親の名前と似すぎていてわかりにくいと旦那の両親には反対されたが、強引に押し切って決めた。

 カズコちゃん、私今幸せです。こんなに幸せになれたのは、あなたが大事なことを教えてくれたから。


「カズコなんて、変な名前」そうつぶやいて、マリは 壊れた液晶を手袋の指先でなぞった。

 そう言えば、娘のマリカもよく「変な名前」と言われるらしい。大人気のレースのゲームみたいだと言われるとか。

 テーブルの上で汗をかいていたアイスコーヒーのコップは、氷がすっかり解けて茶色と透明のグラデーションを液体のなかに作っていた。涼しい風が、風鈴を鳴らす。

 もう昔のこと。哀しみも後悔も、思い出になってしまった。

 でも、なぜ涙が出るんだろう。もう、いい年をしたおばさんなのに。こんなところ、娘に見せられない。

 マリはシャツの袖で涙をぬぐった。誰もいない部屋で、笑顔を作る。そして、誰も見ていないのをいいことに気取ったポーズをして、腕に巻いた時計に手を当て、まるで特撮ヒーローが変身するかのように、

「タイムリープ!」と叫びながら、ボタンを押した。「なんちゃって」

 そのとき、左腕に電流のような痛みが走った。痛いけれど、どこか懐かしい感じ。同時にピッという音が鳴った。

「え? ウソでしょ。ちょっと、待ちなさいよ」

 腕時計を見てみると、割れた液晶のなかで「17:33 00」と時間を表示していた。

「な、なんで動くのよ。さっきまで壊れてたじゃない。っていうか、今さらどこに飛ぶってのよ。こら、止めなさい!」そう言って時計を右手でパンパンと叩いたが、止まらない。

 全身のしびれが引いた後、もう一度液晶を見ると、時間の表示は消えていて、またもとの壊れた時計に戻っていた。

「私、いったいどこに飛んだのよ……?」独り言を言って、マリは呆然として立ち尽くした。

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