1994/11/07 AM08:23

 マリは昨日の夕方、カズコの家に行ってからの記憶がほとんどなかった。どうやって家に帰ったのかもいつ着替えたのかも、まったく覚えていない。

 次に意識が戻ったときは、学校の教室で涙を流しながら、マサシの胸倉をつかんで詰め寄っていた。

「アンタが、アンタが、カズコちゃんと守らないからこんなことになったんだ!」

 事故だということはわかっている。誰のせいでもない。でも、誰かを憎まずにはいられなかった。

「返しなさいよ。私のカズコちゃんを、返しなさいよ! アンタが、アンタがカズコちゃんを殺したんだ。この人殺し。何とか言いなさいよ」

 マリはマサシの制服を、破れるかというくらいまで握って揺すった。マサシの頭が前後に揺れる。マサシは無抵抗で、されるがままになっていた。

「何なのよ、アンタは。何で、私たちの邪魔をするのよ」

「おい、逢沢。止めろよ」クラスの男子がひとり近寄ってきて止めようとしたが、マリはその男子を突き飛ばした。

「アンタが、死ねばいいのよ!」

 マリの右手が大きく弧を描いて、マサシの頬にぶち当たる。それはビンタというよりも、こぶしで人の顔面を殴ったときのような鈍い音がした。

 マリは繰り返し何度もマサシの頭部を殴打した。

「ちょっと、何やってるの!」

 騒ぎを聞きつけた中村先生が教室にやってきて、ふたりのあいだに入って引き離した。マサシは両方の鼻の穴から鼻血を出していて、マリの手の爪が当たった部分から出血していた。こめかみから血が流れて、右頬から首のあたりまで赤い筋になっていた。

 マリはその場に膝から崩れ落ちて、大声で泣き始めた。

「逢沢! ひさしぶりに学校に来たと思ったら、何騒いでるのよ! あなた、頭おかしくなったんじゃないの。ちょっとこっち来なさい。司馬、あなたは保健室に行って治療してもらいなさい」

 中村先生はマリの腕を引っ張って立たせた。そして、

「今日のホームルームは連絡事項なしです。各自、自習でもしてなさい」と誰に言うともなく言った。

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