AM08:30
「今日は連絡事項なし。以上です。1時間目が始まるまで好きにしてていいけど、勉強してる人の邪魔になるようなことだけはしないように」中村先生は教室に入って来るなり、そう言っただけでホームルームを切り上げて教室を後にした。
マリが周りを見回すと、やはり一秒を惜しんで受験勉強している生徒が居て、その数は日に日に増えているようだった。
教室のすみにある、司馬マサシの席のほうに目を遣った。マサシは机の上に分厚い参考書を積み上げて、しきりに鉛筆を動かしている。
憎いはずのこの男の姿を見て、不思議とマリは自分でも驚くほどに無感動だった。
マリは立ち上がって、教室を出た。
何もかも失ってしまったが、こういう運命だったのだろう。少なくとも、この世界では。不思議な腕時計を使ってさんざん楽をしてきたから、罰が当たったのだろうか。それにしても、こんな仕打ちはひどすぎる。そんなことを考えながら歩いていると、いつの間にか目的地である物理準備室の扉の前に到着していた。
「失礼します」
中村先生は椅子に座って手に持った紙に目を通していたが、顔を上げてマリのほうを向いた。今日はパソコンの電源は点いていない。
「いらっしゃい。あなたの伯母さんから、電話で話は聞いてるわ」
「すみません。たくさん学校休むことになりますけど……」
「進路をご両親と相談するってことだと、行くなとは言えないわよね。この時期だし、先延ばしにしなさいとも言える性質のものでもないから。で、どれくらい欠席するの?」
「いちおう、一週間って予定になってるみたいです。本当に、すみません。私は別に行きたいってわけじゃないんですけど、お母さんが勝手に決めちゃってて」
「まあ、今週は文化の日もあるから、行くならちょうどいいわよね。ゆっくり親孝行してらっしゃい。いつ、出発?」
「今日の4時です。いろいろ手続きがあって、午前中のうちに早退させてもらうことになるんですけど……」
「うん。でもあなた、英語だいじょうぶ? テストでいい点取れても、実際使うとなれば別よ」
「たぶん、平気です。うちのお母さんでもなんとかなってるみたいだから」
中村先生は「ふふっ」と小さく笑い、悲しげな表情をして、
「逢沢。私、あなたをかばってあげられなかった。教師失格ね」と言った。
「もういいんです。全部、終わったことですから」
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