1994/10/31 AM08:21
マリはバスから降りて、いつものように裏門に向かった。
昨日おとついの土日の休日はすべて、父のもとへ行く準備に費やした。ひとりで旅行の準備などやったことがないので、いったいスーツケースに何を詰め込めばいいのか見当がつかなかったが、再び電話を掛けてきた母親に尋ねてみると、「着替えだけ持ってくれば何とでもなるわよ。こっちは暑いから、夏モノ持ってくるのよ。押し入れの衣装ケースに入ってあるはずだから」というおおざっぱなアドバイスをもらった。
突然決まった旅行だが、頭を冷やして今度のことをじっくり考えるにはいい機会かもしれない。
「マリちゃん、おはよう」
マリはその声の主が誰かはすぐにわかったが、振り向かなかった。
カズコが自転車から降りて、マリの横に並んで歩き出す。
「ねえ、マリちゃん。おはよう」ともう一度カズコは繰り返した。「お願い、無視しないで。私たち、友達でしょ」
マリは足を止めた。そして、
「ちょっと、あなた勘違いしてるんじゃない?」と低い声で言った。「私があなたを捨てたんじゃない。あなたが、私を捨てたのよ。それなのに今さら仲良くしてくれなんて、どのツラ提げて言ってんのよ」
カズコは思わず、一歩後ずさった。気が強いし、時には容赦しない性格だということは知っていたけれど、それが自分に向けられるとは思ってもみなかった。
「ねえ、今日から一緒に勉強しようよ。約束どおり、同じ大学に行こう。ね」おびえる心を抑えながらカズコが言った。
「残念。私、今日からしばらく留守にするの。明日も明後日もいないから」
「どこに行くの?」
「あなたに教える必要、ある?」
カズコの顔から、哀しみすら消えて無表情になった。それを見てマリはかつてないほど胸が苦しくなった。本当なら今すぐカズコに抱きついて、謝りたい。でもそれをすれば、この関係はきっともっと辛いものになる。
「ねえ、お願いだから、もう私に話しかけないで。私の前から消えてよ」と精いっぱい強がって言った。
マリは裏門に向かって再び歩き始めた。カズコはしばらく呆然としていた。
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