PM16:14

 マリが出て行った後、カズコは一人取り残された被服室で泣いていた。わずかに俯いた顔の目頭から涙が音もなく流れて頬を伝い、次々と手の甲に落ちていく。そのうちの一滴が、左手の腕時計の上に落ちて、液晶の表示を屈折させた。

「部長」

 顔を上げて、出入り口のほうを見ると、そこには瀬戸が立っていた。

「あ、瀬戸さん」カズコは制服からハンカチを出して涙をぬぐった。そして鼻の詰まった声で、「さあ、続きやりましょう。今日は脱脂綿を詰めるわよ」

 しかし瀬戸はその場から動こうとせず、

「すみません。途中からだったけど、さっきの逢沢先輩とのやりとり、立ち聞きしちゃいました」と、ゆっくり文節を区切りながら言った。

「そう……。いやなところ見せちゃったね。申し訳ないけど、内緒にしておいて」

 カズコはハンカチを、たたむというよりは雑に握って面積を小さくし、無理にポケットに突っ込んだ。

「あの、部長」

「何?」

「えらそうに意見させてもらいますけど、今の部長、部長らしくないです。私の知っている島田先輩は、とても優しくて、ちょっとだけ頑固で、でも芯がしっかりしてて……」

「瀬戸さん。やめて」めずらしくカズコが、拒絶の意志を強く示した。「この件に関しては、誰にもお説教してほしくないの」

 しかし、瀬戸は続ける。

「私も、部長と逢沢先輩がウワサを立てられてるってことも知ってます。でも、私の知っている島田先輩は、それを誤魔化すために、自分の気持ちにウソをつくような人じゃないです」

「何も知らないのに、勝手なこと言わないで!」とカズコは叫んだ。こんな声を出すカズコを、瀬戸は初めて聞いた。「私のせいで、マリちゃんの推薦も取り消しされてるのよ。教室でもきっと無視されて、昨日まで仲良くしてくれてた人から冷たい視線を浴びせられてるのよ。ほかにどうしろって言うの」

 カズコは瀬戸に背中を見せた。その両肩が振るえている。

「あなたなんかに、私たちの気持ち、わかるわけないでしょ。他人のくせに、えらそうに意見しないで!」

 瀬戸は少し悲しげな表情をしたが、すぐにもとにもどって、

「私、部長の気持ちも、逢沢先輩の気持ちも、少しだけならわかるつもりです。だって、私もずっと、部長のことが好きだったから」と笑顔で言った。

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