1994/10/28 AM08:21
学校へ向かう足取りが重い。マリは自分がこんなに弱いとは思わなかった。昨日も一昨日もほとんど寝られず、明ける朝をこれほど恨めしく思ったことはなかった。首から背中あたりまで、何かを背負い込んだように地面に向かって引っ張られる。
カズコとは、とりあえず学校でふたりで会うのは止めようということになった。今さらそんなことをしても無駄なのかもしれないが、ほかにどうしようもない。クラスで、マリに話しかけてくる者は、男女を問わずひとりもいなくなった。世界中で自分の味方をしてくれるのはカズコしかいない。しかし、学校ではカズコに会いにいけない。
裏門を通って三年生の校舎に入ると、廊下にわずかな人だかりができていた。まだ返ってきていない答案用紙もあるのだが、気の早いことに中間テストの上位成績者が廊下の掲示板に張り出されている。
一位 四組 司馬マサシ 総合点788
二位 四組 逢沢マリ 779
三位 二組 島田カズコ 752
「ウソ……そんな」とマリは絶句した。
479点を取ればじゅうぶんのはずだった。まさか、こんなことになるなんて、夢にも思わなかった。あらかじめ問題を知っている自分よりも、高い点数を取るなんて。
マリは腕時計を見た。8時29分21秒。液晶の時間は、一秒一秒進んでいる。こんなことになるなら、テストの前日で時間を止めてればよかった。しかし、後悔してももう遅かい。この腕時計がどんなに不思議な力を持っていようとも、止めていない時間には戻れない。
「おい、見てみろよ。うわさの二人が2位と3位だぜ」という声がどこかから聞こえてきた。
マリは鬼のような形相で声が聞こえたほうを振り返ったが、声を発した主が誰なのかはわからなかった。
もう朝のホームルームが始まる。マリは教室に入って着席すると、ほぼ同時にャイムが鳴り、中村先生が教室に入ってきた。
先生はいつものように、
「はい。席に座って。静かにしなさい」出席簿を開きながら言った。「欠席者、いないわね。中間の結果発表されたけど、良かった人も悪かった人も、次に向かってがんばるように。物理の答案用紙は、今日の一時間目の私の授業で返します。学校のテストでどんなに点がよくても、受験本番で失敗したら、どうにもならないし、今失敗しても本番でうまくいけば、それでヨシとなるのよ。だから、気を抜かないように」
マリは席に座って呆然としていた。教室のなかでマサシの姿を見てみると、英単語帳を開いて赤い目隠しシートを使って暗記していた。負けるはずのない勝負に、負けてはならない勝負に負けてしまった。
「逢沢、逢沢。聞いてるの?」と中村先生の声が聞こえた。
「は、はいっ!」
「何、ぼーっとしてるのよ。わかった?」
「え……?」
「やっぱり聞いてなかったのね。もう一度言うわ。この後すぐに、物理準備室に来なさい。進路のことで話があります」
「あ、はい……」
教室が不穏当なにざわめいた。マリが中村先生に呼び出されたことで、よからぬ妄想をするものが少なくないようだった。
「静かにしなさい! 人のことなんて心配するのは、自分のことが片付いてからになさい。それじゃ、これでホームルームを終わります」
中村先生は、教室から出て行った。少し間を開けてから、マリも物理準備室に向かった。
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