PM13:21
マリは帰宅した後、すぐに自室のベッドの上に寝転がった。
状況はなんとなく察することができた。帰りにバスの到着を待っているあいだ、自分を見る他人の目が昨日と明らかに違っていた。「ほら、あの人よ」という声もどこかから聞こえてきた。いつのまにか自分は、こっそり指さされ遠くから観察されるような対象になったようだ。もう隠し通すことはできないのだろう。だとすれば、どうするべきなのか。
ベッドの上で身体を横に向けると、枕元に、カズコのものに違いない長い髪の毛が一本落ちていた。マリはそれを両手の指先でつまみ上げて、軽く引っ張るとプチンと音がして切れた。
「私たち、何にも悪いことしない」誰もいない部屋で、マリは叫んだ。
と同時に、玄関から電話が呼び出し音が響いてきた。それに呼応するかのように、エヴェレットが鳴き声を出している。
きっと、母親からのコレクトコールだろう。マリは起き上がると、階下に降りて受話器を取った。
「もしもし、島田です」と言ったのは、カズコの声だった。「マリちゃん?」
カズコが電話で用件を伝えるのは、めずらしい。夜などはたまにあったが、昼間だったら電話しなくても、すぐ近くなのだから歩いて来ることが多い。
「あ、うん。どうしたの?」
「あの……」と言うとカズコは次の言葉を継げなくなった。
「うん。わかってるよ。私もウワサされてるの、聞いた。誰かに見られちゃったんだね。なんか、ごめんね。その……、人目があるところで」
「ううん。それは私も悪いから……」
電話口でカズコが泣いてるのがわかった。それを聞いてマリも涙が出そうになったが、歯を食いしばって、
「カズコちゃん。何も、恥ずかしがることなんかない。堂々としてればいいんだ。カズコちゃんは、私が守るから」と受話器に向かって、自分に言い聞かせるように言った。
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