1994/10/26 side"B" PM12:15
中間テスト最終日。政治経済と数学と国語だった。
政治経済と数学はまちがいなく九割以上の得点を獲得している。国語は、自分の一度目のテストのときの回答を思い出してひとりで赤面していたが、正答はもちろんできる。
おほかたの秋をば憂しと知りにしをふり捨てがたき鈴虫の声
という例の短歌に、マリは、「秋はおおよそつらい季節だとは知ってますが、鈴虫だけは聞いていたいものです」との現代語訳を付けた。夜になるとマリの家でも、どこにそんなにたくさんいるのか、庭から鈴虫の大合唱が聞こえてくる。なぜこの作者が「秋」をつらい季節だと思っているか。それは「秋」と「飽き」が係っている、つまり、「恋人に飽きられてしまった秋がつらい」しかし「そんな秋でも鈴虫の声は聞きたい」ということだ。
国語のテストも、ほぼ満点だろう。
これでようやく、二周分のテストを終えた。午後からの休みに何をするか、「今日これからゲーセン行こうぜ」や「マックいっしょに行かない?」などという声がクラスのなかで聞こえる。
「ふう。疲れたなぁ。これでしばらくは楽できるわよね」自席に戻って帰る準備をしていると、
「あの、……逢沢さん」と隣の新田ユウコが声を掛けてきた。
たしか一回目のときは、ユウコに「また学年トップ?」と聞かれたのをマリは思い出した。今度こそは胸を張って、「まちがいなしね」と答えることができる。しかし、ユウコの次の台詞を待っているのだが、なぜかユウコはそれを言おうとせず、みょうにそわそわしている。
「ん? 何、何かあるの?」
「あのね……うーんと」とずいぶん煮え切らない態度をしているが、やがて勇気を振り絞るようにして、「逢沢さん、ウワサになってるよ」
「ウワサ? いったい何?」
彼女はわざと視線をどこか遠くのほうにやって、
「言いにくいんだけど、……逢沢さんが、その、レズなんじゃないかって」
「え!?」と思わず大きな声が出た。「誰が、そんなこと言ってるの?」
「誰って言うか、もうみんな知ってるみたい。知らない人のほうが少ないんじゃないかな」
「ウソ」
いったい、どこで誰に何を見られたのだろうか。心当たりがないわけではない。しかし、彼女の言いぐさからすると、もうその根も葉もあるウワサはずいぶん広まってしまっているようだ。
「あの、ちょっと。それ、もうちょっと詳しく聞かせてよ」
「ごめん。申し訳ないけど、もう私に話しかけないで。逢沢さんのことをが嫌いってわけじゃないけど、その、逢沢さんとしゃべってたら私が誤解されちゃうから」
ユウコは、マリを一瞥するとすぐに視線を逸らせて、教科書や参考書をカバンにさっさと詰めて、マリを置き去りにするように教室から出て行った。
ユウコとはそれほど仲が良かったというわけではない。しかし、ウワサだけを根拠にここまで態度を変えられるとは思ってもみなかった。誰かに何かを訴えかけたい、しかし、いったい誰に何を言えばいいのだろう。
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