PM13:24

 母にマリとの関係を問われて、カズコは思わず手に持ったスプーンを落としそうになった。手はかすかに震えている。

「えっ、じゃないわよ。マリちゃんと、どういう関係だって聞いてるのよ」と母は繰り返し問い詰めた。

「そんなの、わざわざ聞かなくてもお母さんも知ってるじゃない。この家に引っ越して来てからずっと、十年来の幼なじみよ」

「正直に、言いなさい」

 心臓がバクバクと動いて、弾けそうだった。母はいったい、何を知っているのだろう。それとも、ただ単に疑ってるだけで、カマをかけているのだろうか。

 遅めの昼食に急き立てられていたさっきまでの食欲が、急激に消え失せた。しかし、何事もないよう取り繕うため、カズコは無理にスプーンを口に運んだ。さっきまではおいしかったはずのオムライスが、猛毒のように体内に入るのを拒む。

「今朝知ったんだけど、ご近所でね、ウワサになってるらしいのよ。その……、あなたとマリちゃんが、いかがわしい関係になってるんじゃないかって」母はため息をついた。「又聞きの又聞きらしいんだけど、ふたりがずいぶんと、まるで恋人どうしのようなことをしてるのを見た人もいるって」

 そこまで言われると、返って気持ちが楽になった。どこで誰に、何を見られたのかはわからないが、今さらどうしようもない。全部認めて開き直るという手もあるが、そんなことをしたら前時代的な思考様式をするこの母がどんな態度に出るか、想像もできなかった。

 この場はとにかく、シラを切り通すしかない。あとのことは、マリちゃんと相談して決めよう。カズコは一瞬でそう決断した。

「そんなの、知らない。誰かが勝手に流した、へんなウワサでしょ」カズコは強気に言った。「私もマリちゃんも、成績がいいから、学校で妬まれて有りもしないウワサを流す人がいるのよ。お母さんには内緒にしてたけど、これまでもそういうことが何回かあったのよ。その無責任なウワサが、この近所まで流れて来たってだけでしょ、たぶん」

「本当……なの?」

「相手にする必要なんて、ない。気にしはじめたら、そういうのはどんどん広められるんだから。無視するのがいちばんよ」

「そう。じゃ、私はカズコを信じることにするわ。……でも、あなたたち、仲がいいのはわかるけど、いつも一緒に居すぎよ。大学まで同じとこ行くって言うじゃない。ふだんのそういう態度が、変なウワサの種になったんじゃないの? そう考えれば、あなたたちにも反省するべき点があるはずよ」

「私たちに反省するべき点なんて、ありません」カズコは母に抗議するように言った。

「とりあえず、誤解を招かないようにするためにも、マリちゃんとの付き合い方は少し改めなさい」

 カズコはそれに返事をしなかった。とりあえず安心したらしい母は、かまわず言葉を続けた。

「よかったわぁ。もしウワサが本当だったらどうしようかと、ずっと心配してたのよ。嫁入り前の娘が、男ならともかく、女となんて、ねえ」

 カズコはスプーンを強く握って、皿の上のオムライスを無理に一気に食べると、「ごちそうさま」と言って席を立った。

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