1994/10/21 PM20:00

 マリは家の自分の家のリビングで意識を取り戻した。5日前に”飛んで”来たことを、自宅リビングの壁にかけてある日めくりカレンダーを見て、確認する。

 左手にはしっかりと、並行世界ではすでに行われていて、”飛んで”来たこの世界ではこれから行われる中間テストの問題用紙を握りしめていた。これさえあれば、いくらマリがふだん授業中で寝てばかりいても、テストで良い点を取ることは難しいことではない。

 これが、マリが三年間ずっと学年トップを維持してきた秘訣だった。唯一事情を知っているカズコが眉をひそめるのも無理はないが、「カズコちゃんと同じ大学に行きたいから。テストで良い点取って推薦もらう!」というマリのくどき文句にほだされて、ついつい見逃してきてしまった。

 いくら問題が事前に手に入ったからと言っても、答えまでは手に入ったわけではないので、これから教科書や参考書をひたすらめくって、答えが書いてある箇所を探さなければならない。これはけっこう根気の居る作業で、勉強というよりはジグソーパズルを作っている感覚に近い。

「今回だけは、何があってもぶっちぎりで一位を取ってやる。今まではやっぱりちょっと後ろめたいからちょっと遠慮してきて、今回は遠慮せず全力でやってやる」

 マリはめったに使わない教科書を開いた。

 頭のなかで、「来週からの中間、本気で勉強して、お前に勝って一位になれたら、島田さんに告白しようと思うんだ」という、別の世界で聞いてしまったマサシの言葉が再生された。

 あのセリフは、こっち世界ではマサシは発していないことになる。そして、マサシがマリに聞いた、「島田さん、彼氏いるの?」という質問の答えも、マサシは知らないままだ。

 いったい今のマサシは、どういうつもりでいるのだろうか。

「絶対に、負けられない。完膚なきまでに叩き潰して、二度と私のカズコちゃんの前に顔を出せないようにしてやるから。見てなさい」

 マリにとって二度目のテスト期間は、ほぼ丸ごと答えの暗記に費やさなければならなくなるだろう。”飛んで”来たせいで、またカズコに会えない日々を過ごさなければならないのはつらいが、こればかりは仕方がない。

 とりあえず古文の教科書を開いて、あの短歌の現代語訳を探し始めた。

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