1994/10/19 side”C” PM16:22

 マリは被服室に入って、

「お待たせ。待った?」と二度目の声をカズコに掛けた。

「ううん。今日は……」と言ったところでカズコの台詞は止まった。

 じーっとマリの顔を観察する。

「お・か・え・り。また、タイムリープしてきたでしょ」とにわかな怒気を含んだ声でカズコが言う。

「うー、どうしてすぐにバレるかなぁ」マリは困惑しながら言った。「でも、カズコちゃんが”飛んで”もいいって言ってくれたんだよ」

「ホント?」

 マリはさっきまでの世界の出来事をカズコに話した。

「なるほどね。そういうことか」説明を聞いてカズコも納得したようすだった。「ってことは、とりあえず一度はスソ上げしてるの、見てるってことよね。それじゃマリちゃん、今度は自分でやってみる?」

「えー! 自信ないよ。わかんないからもう一回見たくて、飛んで来たのに……」

「いいから、いいから。チャレンジよ。ほら。もし仮に失敗したとしても、スカートがだめになるなんてことはないから、とりあえずやってみるの。さっき私がやったみたいに……ってこっちの私はどうやってたのか知らないんだけど、同じようにやって見せて」

「う……。やってみる。変なところがあったら、ちゃんと教えてね」

 さっきのカズコの手の動きを頭のなかで思い出しながら、マリはジャージを履いてスカートを脱いだ。

 重いアイロンや、穴の細かい縫い針、ややこしい動きを繰り返すまつり縫いに悪戦苦闘しながらも、カズコの助言を受けながら何とか自分でやることができた。完成したスカートを履いてみると、さっきカズコがしてくれたものより、うまく折り目が付いておらず、へんなしわができてしまっている。不満だったが、

「マリちゃん、上手よ。初めてでこれだったら、上出来。センスあるわ」とカズコが言った。

「部長、遅くなりました」と言ってひとりの女子が被服室に入ってきた。

「瀬戸さん、こんにちは」とカズコが言った。

「こんにちは。あ、逢沢先輩も、いらしたんですか?」瀬戸はマリの姿を認めて言った。

「うん。ちょっとね、マリちゃんにお裁縫、教えてもらってたんだ……って、何でもう瀬戸さんが来るの?」とマリは大きな声を出した。

 時計を見ると、すでに午後四時四十分を過ぎていた。

「え? 私来ちゃダメでしたか?」瀬戸はきょとんとする。

「いや、そういう意味じゃなくて、さっきの世界だったらカズコちゃん十分足らずで終わらせてたのに、私がやったら二十分以上かかってるじゃない。もう……」

「どういうことですか……? さっきの世界?」ワケがわからず瀬戸が混乱している。

 マリはとっさに口を押さえたが、出してしまった言葉を飲み込めない。

「いやいや、何でもないの。こっちの話よ。ははは……」

「そうよ、そう。何でもないの」カズコも気まずそうに取り繕う。

「っていうか、私もうバスの時間だわ。先に帰ってるね」

「あ、うん。あとでマリちゃんの家、寄るからね」

「はーい」

 逃げるようにして被服室を去るマリの背中を見送ってから、

「あの、部長もしかして、私おじゃまでした?」と瀬戸が遠慮がちに言った。

「ううん、そんなことないよ。来てくれなきゃ、困る。マリちゃんが中村先生にスカートの長さを指摘されたから、ふたりで直してたのよ。それだけ」

「そうですか」瀬戸はいまいち納得してない様子だったが、「中村先生って、あの物理の先生ですよね。ものすごく頭がいいってウワサの」

「そうよ。瀬戸さんも知ってるの?」

「ええ。あの先生、ほかの学年でも容赦なく服装違反を指摘しますから、二年生のあいだでも有名なんです」

 瀬戸の口吻に、中村先生を批難するような口調が含まれてたので、

「いい先生よ。瀬戸さんも来年になったらたぶん、物理の科目は中村先生が担当になるだろうから、そのとききっとわかるわよ。マリちゃんも、表で言ってることはともかく、中村先生のこと慕ってるみたいだしね」とカズコは言った。

 瀬戸が準備室にしまっておいた、テディベアになる予定の布を持ってきた。

「目に付けるボタン、いくつか家から持って来ました」

「うん。ありがとう。綿を詰める前に、ボタン決めておかないといけないからね。刺繍で目を付ける方法もあるけど……。まあ、いろいろ試しながら、相談して決めましょう」

「はい」

 机の上に、20個ほどの大小さまざまなボタンが広がった。カズコと瀬戸は、それを布の上に置いて、どんなふうになるかを確かめてみる。

「左右、同じ物を付けないといけないってわけじゃないけど、どうしよっか?」

「ここはひとつ、別のものを付けてみることにしましょう。白と黒とか、正反対にして大きさもバラバラで」と瀬戸が提案した。

「うん。そうしよっか」

 いろいろ実験してみた結果、選ばれたふたつのボタンは、ブラウスの袖に付けるような白くて小さなものと、もうひとつは黒ではなく派手な金色のものだった。あまりに有り得ない組み合わせで、完成するのがどんどん楽しみになってくる。

「部長。あの、お昼も逢沢先輩といっしょだったんですか?」唐突に瀬戸がそう尋ねた。

「お昼? ああ、うん。そうよ。いつもはわたしもマリちゃんも自分のクラスでお弁当食べるようにしてるんだけど、たまにはね」

「うちのクラスの男子で、ウワサになってましたから。学校のツートップ美女がいっしょに体育館前にいるって」

 カズコはサッカーをしていた男子のことを思い出した。ウワサをしていた男子というのは、あの人たちだろうか。不意に飛んできたボールから守ってくれたマリの背中はすごく頼りがいがあって、この先何があってもマリが自分を助けてくれる、そんな気がした。

「でもまあ、マリちゃんがメインで、わたしはオマケみたいなものでしょ」カズコはそう言ってうれしそうに微笑んだ。「さて、来週からはテスト期間で部活禁止になっちゃから、今日のうちにできるだけやっちゃいましょう」

 優等生のカズコはテスト期間中はきちんと家で勉強するため、マリと会うことも少なくなる。ひょっとしたら、このあとマリの家に行って、その次に会うのはテスト明けになるかもしれない。

 はやる気持ちを抑えつつ、カズコは針に糸を通した。

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