第三章

1994/10/19 side”A” AM09:40

 一時間目の授業が終わって、マリはあくびをしながら背伸びをした。もちろんいつものように、授業などまったく聞いておらず、ウトウトしながらぼーっとしていた。昨日、またテレビを見て夜更かししてしまった。おもしろくて見てるわけではないのに、深夜番組というのはどうしてあのようにダラダラと見続けてしまうのか、不思議だった。テレビをずっとつけっぱなしにしてると、最後にはカラーバーになったりきれいな風景の映像になったまま動かなくなるということはマリも知っている。さすがにそこまで見続けてしまうとヤバいと思って途中でベッドに入ったのだが、その時間は午前3時を過ぎていた。

 五時間目は体育だから、これはサボるわけにも授業中寝るわけにもいかないが、それ以外は寝てしまおうかと考えていた。常に成績学年トップのおかげか、授業中寝ていても先生たちはあまり叱らなかった。

「なあ、逢沢。ちょっといいか?」

 机の上でうつぶせになっているところに、そう声を掛けられた。顔を上げると、マサシが見下ろしていた。

「なに?」不愉快を隠さずマリが言った。

 この前の、進路面談の前の余計なおせっかいのこともあるが、マリはどうもマサシのような女子のあいだで人気がありそうな男を好きになれない。そもそも男にあまり興味がないのだが。マサシに声を掛けられたら喜ぶ女子は多いだろうが、マリにとっては迷惑なだけだった。

「ちょっと、話があるんだけど」遠慮がちに、わずかにどもりながらの台詞だった。

「なに?」ともう一度繰り返した。

 マサシは周囲を見回した。休み時間なのに勉強している者、マリと同じように寝ている者、クラスメイトとしゃべっている者、様々だった。若干だが、マリとマサシの動向をこっそりと観察しているらしい者もいるようだった。

「ここじゃ、ちょっと……。廊下にでも行かないか」

「やだ」とマリは即答した。

 何を話そうとしているのかわからないが、どうせまた進路のことか成績のことなどの説教くさい内容なのだろう。ただ単に同じクラスの生徒でしかないマサシに、なぜそんなことを言われなければならないのか。先生や両親ですらそこまでは口出ししてこないのに。

 マサシの顔を見上げてみると、いつもは堂々としているこのモテ男が、動揺しているようにも見える。どうするべきか一瞬悩んだが、マリは机の下でに腕を伸ばして腕時計の時間を止めた。

 肘をまげてちらりと腕時計の液晶を覗いてみると、「09:40 56」で止まっている。

「なあ、頼むよ、少しだけだから。ほかの人には相談できないんだ」

「はあ。仕方ないなあ……」マリは明らかに誇張されたため息を吐いて立ち上がった。

 いざというときはまたここに”飛べ”ばいい。マリはそう考えながら、マサシの後ろに着いて行った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る