PM 17:20

 放課後。学校に用のない生徒に帰宅を促すチャイムが鳴り響いている。

 マリは体育館で、バレーボール部の後輩たちの練習を見守っていた。引退してすでにOGという身分だが、放課後になると体育館に向けて足を運ぶという習慣がまだ抜け切れず、ついつい癖で行きたくなってしまう。でも、見ているだけで決して口出しはしない。自分がどれほど良いキャプテンだったかは心もとないが、後輩たちはいまだにマリのことを「キャプテン」と呼んで慕ってくれるのだった。マリはそのたびに、「もうキャプテンじゃないよ。逢沢でもマリでも、好きなように呼んで」と訂正するが、それでも、特に一年生からはまだキャプテンと呼ばれることが多い。

 体育館の壁にもたれて後輩たち練習を見ていると、強く打たれたボールが床にバウンドするたびに、その振動が床から壁を経て背中に伝わってくる。つい数ヶ月前まで、あんなすごいボールを自分が受け止めていたなんて、信じられなかった。このごろは、すっかり指に巻くテーピングをしなくなっていた。

 バレーボール部だけあって、女子でもみんな高身長揃いだ。

「部長……じゃなくて、先輩。ちょっと教えてほしいことがあるんですが」ボールを持ってマリの近くに駆け寄ってきたのは、現在の部長だった。両膝に赤い膝当てを付けているのが、彼女のシンボルのようになっている。

「なあに?」

「スパイクを打つときの、ドライブの掛け方なんですけど、どうもうまくできなくて」

「そうねえ。ちょっと貸して」マリはボールを受け取った。「まず、思いっきり高くジャンプすること。高ければ高いほうがいいわね。そして手首を返す瞬間に、頭を撫でるみたいな形で叩くのよ、指の付け根のあたりで、こんな感じに」

 マリが手首を動かすのを真似して、現部長も同じように動かす。

「ちょっと、実演して見せてくれませんか?」と現部長は遠慮なしに言った。

「今から? それはないでしょ。私ほら、今制服で靴もただの上履きよ」

「お願いします」

「仕方ないわねえ。まだ先生、来てないわよね。じゃ、一回だけよ」マリはボールを持ったまま立ち上がって、ネットの前まで歩いていった。ひとりだけ制服姿なのはさすがに照れくさくなる。

 ボールを天井に届くかというくらいまで高く投げて、落ちてくるところをマリが肩から高速で回転させた腕が捉えた。ガツンという、ボールを叩いたときとは思えないような重い音が響くと同時に、バレーボールはネット向こうの床に突き刺さるように一直線に飛んでいった。

「おお~」という感嘆の声がいっせいに沸き起こる。小さく拍手をする者さえいた。

「こんな感じよ。ほら、見て。ここがちょっと赤くなってるの、わかるでしょ。手のひらのこの部分を使うの」と手をひらを出した。

 現部長はそれを覗き込んでうなずいた。

「それじゃ、私帰るね。みんな練習がんばってね。ケガしないように」マリがそう言うと、部員一同は動きを止めて、

「ありがとうございました」ときれいに揃った声を発した。

 時刻は、午後五時三十分過ぎ。体育館から出たマリはまた校舎のなかに入って行った。

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