魔法少女は強くなりたい

 「また私ですか?!」

防衛省退魔局近畿支部。西日が差し込む事務次官室で、陰陽少女が声をあげた。 

勇者についての報告を上げた後、ミリカの観察と保護を、田垣から言いつかったのだ。

 「不服か?」

 「いえ、不服というわけでは・・・    二人の保護をするのは、私には荷が重すぎるので・・は・・ない・かと」

田垣の鋭い視線の前で、語尾が上手く言えない。

田垣自身自覚はないようだが、彼の視線は、生ある者には屈服を、魔者には消滅を促してしまう程の鋭さがある。それだけ田垣がこの若さで死線をくぐってきた証かもしれない。

 「別の人間を就けてもいいが、信頼関係を築くのに時間がかかる。それに勇者も魔法少女も君と同じ学校だ。何かの時には君が駆け付けれる」

 「はい・・・   わかりました」

陰陽少女は渋々返事をしたものの、納得はしていない表情を浮かべた。

そんな智夏の顔色を気にする事なく、田垣は話を切り替えた。

 「倉橋君、君に紹介しておかなければならない人がいる」

田垣が内線でどこかに連絡を入れてから、暫くするとノックの音がした。

 「入りたまえ」

ドアが開き、修道服を着た少女が入って来た。

短めの銀髪で青い瞳。それだけでも目を引くのだが、智夏が最初に目についたのが、耳に揺れるおおきな十字のイヤリングだ。

身長がモモ位なので、余計にイヤリングが大きく見えるのかもしれない。

私はキリスト教徒だと、誇示しているようにも見える。

 「初めまして、クラハシさん。 セイラ・モーセンです」

なまりのない、見事な日本語だが、声が小さいので、やや聞き取りにくい。

 「初めまして倉橋智夏です」

智夏は自己紹介をした後、田垣を見た。

何故、自分にシスターを紹介するのか、意図が見えないからだ。

 「彼女はバチカンから派遣された魔導官だ」

少し智夏は驚いた。バチカンの魔導官といえば、司教クラスの役職。

現場では、枢機卿に意見を仰がなくても、自己判断で対処できると聞いている。

そんなバチカンの大物が、自分とさほど変わらない歳の女の子が担っているという事実に。

 「彼女は魔導書の回収で日本に来ている」

 「魔導書ですか?」

まだ自分との繋がりが見えない智夏は、首を傾げた。

 「魔導書をご存じですか」

陰陽少女の知識を試すように、青い瞳が智夏の方を向いた。

 「魔術儀式の方法、呪文等が記された書物と聞いてますが」

 「はい、でも私が回収しているのは、魔導書自体が意思を持っている物です」

 「本が意思を?」

 「はい、本に魅入られた人には、エクソシズムを行わなければなりません」

 「エクソシズム!  とすると、あなたはエクソシストの資格を」

 「はい、単独でのエクソシズムを認められています」

エクソシズム。俗に言われる悪魔祓いだ。日本では狐憑きと言われる事があるが、根本的違う物だ。

ボソリボソリと怖い事を告げるセイラ。エクソシズムを引き起こす本がこの街にある、そして場合によっては、エクソシズムを行うと告げているのだ。

 「という訳で、彼女は来週から君の高校、天神女子大付属に転入する」

 「へ?     ?????」

 「学年は一つ上になるが、よろしく頼む」

 「よ・ろ・し・く・頼む?  ??????」

朧気に意図を察した智夏だが、認めたくない意思が働いて思考が止まった。

 「よろしくお願いいたします」

狼狽気味の智夏に、深々と銀髪の少女が頭を下げた。



 「大変!  私行くわ!」

テスト勉強の息抜きで、テレビを見ていたモモが立ち上がった。

画面には、中層マンションの火事がライブ中継で映し出されている。

 「勉強しなくていいのかい?」

 「勉強している場合じゃないわ!  見て!」

テレビには、ベランダで助けを呼ぶ人が映っていた。

モモはリナに変身して、夜空へ飛び出した。

現場の方向は分かっている。ステッキを操る手に力こめるを。

夜の空に煙が上がっているのが見えた。リナは速度を緩め、炎が立ち込めるマンションに近づいた。

ベランダには取り残された人が、煙を吸ったせいで倒れていた。

別のベランダには、はしご車で懸命に救助活動を行っている消防士の姿が見える。

消防士達もイッパイイッパイで、救助が追い付いていないのが現状だろう。

リナはステッキで風を起こし、煙の方向を変えてベランダに近づいた。

    パリーーーーーン   ゴオオーーーーーーーー

炎がベランダの窓を破り、リナに襲いかかってきた。

バリヤーを張るのが遅れ、ガラス片を身体に受ける。

ボディーはドレスで護られていたが、むき出しの腕に傷を受けた。

炎は意思があるかの如くリナを襲う。コリコはリナの肩にしがみつくので精一杯の様子だ。

    ゴオオオオーーーーーーー    シユウーーーーーーーーーーー

        ギューーーーーーーーーーー  ゴッーーーーー

炎をかわすのが精一杯で、倒れている人にたどりつけない。

リナは歯を食いしばり、炎が渦を巻くベランダへと、強硬を心見た。

 「リナ、無理だ」 

コリコが制止を促したが、リナはそのまま炎へと突っ込んで行った。

炎はリナを喰らうかのように、大きさを増し、魔法少女を飲み込んだ。



 「あのー  家はまだでしょうか?」

キャリーバッグを引きずる銀髪の少女が、ハンカチで汗をぬぐう。

 「もう少しよ」

短めの髪の少女は、少しご機嫌ななめなのか、疲れている銀髪少女を気遣う気配はない。それにまだ、疲れるほどの距離を歩いていないのだ。

短めの髪の少女、倉橋智夏は次官室での会話を思い出していた。

 「転入と言っても、彼女のここでの活動期間は短い。君の部屋で面倒を見てくれ」

 「えっ!!   行き成りですか?」

 「ん?  不都合があるか。君の部屋は退魔局が借りている部屋だろう」

 「でも、私にもプライベートが・・」

 「短い間だ、彼女も慣れない街で一人は不安だと思うからな」

半ば強引に押し切られた形で了承した。いや、せざる負えなかったと言うほうが正しいだろう。

 「日本は蒸しますね」

智夏の心を知ってか知らずか、銀髪の少女セイラは小さな声でのんびりと呟く。

先程は修道服だったが、今を天女高の制服を着ていた。

修道服は目立つので、智夏が着替えるようにお願いしたのだ。

私服が修道服というセイラには、違和感のない服はこの制服しかないのだ。

今度の休みは、セイラの服を買いに繫華街に行かなければと思う智夏だった。



マンションに飛び込んだレナを、一瞬で焼き尽くさんと、炎が彼女の四方から襲いかかった。

レナは倒れている人の上に被さり、目をつぶった。

瞬時に火が襲ってくると予想していたが、自分が燃えているという感覚がない。

薄目を開けると、三人のわらべがレナを囲むように旋回して、炎を食い止めていた。

 「レナ、今のうちにその人を助けるんだ」

事情を把握できない魔法少女に、小動物が指示をだした。

レナは倒れていた人を抱き上げると、ステッキを操り、童達わらべたちが作る脱出路から抜け出した

マンションから離れ振り返ると、童達がレナの脱出路を確保した後に、炎に呑まれて消失していくのが見えた。

    レナー!    レナー!   レナー!   

賛美の声の中、救急隊員にけが人を預ける。

魔法少女は、テレビレポーターが駆け寄ってくる中、笑顔を見せずに夜空へと飛び立っていった。



部屋に飛び込み、魔法を解くレナ。モモに戻り、ベットに倒れ込んだ。

 「大丈夫かいモモ?」

コリコが枕元に鎮座している。

 「うん大丈夫。助けてくれた子供は何かしら」

 「智夏の魔法だよ。護法童子という物らしい」

 「やっぱりお姉さんか・・・」

モモはうつ伏せから、仰向けになり、天井を見た。

 「トンネルの変な奴もお姉さんかな?」

この前に助けに入った、高速道路のトンネル事故を思い出す。

 「多分そうかもね」

 「・・・     魔法少女レナは、お姉さんにかなわないわ」

 「モモ・・・」

コリコが心配気しんぱいげに頭を擦り付けてきた。この小動物にしては、珍しい行動だ。

 「今のままじゃあ、お姉さんの横にいられないわ」 

コリコの頭を指で撫でながら、溜息をついた。

 「モモは、もっと魔法力まほうりょくの使い方を勉強しないとね」

 「分ったわ」

モモは立ちあがり、火事で付いた匂いを消しにバスルームに向かった。

シャワーを浴び、湯船に浸かると、落ち込んだ気持ちが少しマシになってきた。

 「どうやったら魔法を上手くつかえるのかしら」

浴室の壁をぼんやり見ていると、図書室で借りた本が頭に浮かんだ。

モモはバスルームから出ると、ロングTシャツをはおり、たこ焼きを温める。

 「コリコー  たこ焼きができたよ」

コリコに声をかけ、テレビのスイッチを入れる。

 「今日はオレンジジュースでいい?」

モモの部屋から降りて来たコリコの、飲み物を用意する。

いつもの事なのだろう、小動物はテーブルの上、テレビが見やすい位置で食事を始めた。

モモは自分のコップにジュースを注ぎ、一気に飲み干した。

 「私、少し勉強してくるわ」

 「わかった、僕はテレビを見てるよ」

モモは自分の部屋に戻り、机に向かうと、引き出しから本を取り出した。

コリコが、モモの勉強が終わる頃を見計らって部屋に戻るが、彼女がいつものように、部屋のドアを開ける事はなかった。

小動物は、異変が感じられる部屋の前で鎮座し続けた。閉められたドアを見続けながら。



 「智夏、護法童子が発動したな」

セイラをマンションに連れてきて、彼女に貸す部屋のかたずけを終え、一息つけるためシャワーを浴びている時、九の声がした。

 「ええ、式も付けていたから、全てチェック済みよ」

 「そうか、魔法少女は無事か?」

 「九が心配するなんて珍しいわね」

 「ははは、あの娘は今で言う「持ってる」子だからな」

 「確かにね。   無事に帰ったはずよ。式も最後は燃やされたから、自宅までは確認できてないけど」

火事の現場でレナを逃がす為に護法童子が炎に飲まれた時、式も一緒に燃えてしまったのだ。だけど、地上に降りるまでのレナの姿は確認できている。

智夏がシャワーを終え、リビングに入ると、セイラがテレビを見ていた。

液晶画面には、魔法少女の救出の模様が映し出されている。

 「この娘が、田垣が言っていた魔法少女ですか」

テレビを見る姿勢で、小声で行き成り振られたので、返事が遅れた。

 「そうね、また学校で会えると思うわ」

 「紹介はしてくれないのですか?」

 「あの娘は、普段正体を隠してるからね」

セイラの問に、レナは普段、普通の黒髪の中学生である事を付け加えた。

 「勇者さんも紹介は無理ですか?」

 「んーー?」

接点がない者を行き成り紹介するのは、不自然な気がするので考えてしまうが、ふと、ある友人の顔が浮かんだ。

 「あー  多分紹介できると思うわ」

 「そうですか!」

セイラは奇妙な知り合いができるのが嬉しいのか、今日一番の笑顔を見せた。

智夏は心の中で、「紹介するのは友理奈だけどね」と付け加えた。

 「智夏は凄い力の者と知り合いなのですか?」

 「・・・・・?」

智夏は質問の意味が分からないので首を傾げた。

 「シャワールームで、力強い波動を感じました」

 「あー   九の事ね」

 「キュウ?」

 「そう。私のパートナーよ」

 「それは心強いですね」

 「ありがとう」

智夏は素直に九の事を認めてくれた事に礼を言った。パートナーの事を強い者と認めてもらうの嬉しいものだ。

 「セイラもシャワーを浴びてきたら」

 「はい、そうさせてもらいます」

 「パジャマは私のを用意しとくわ」

 「ありがとうございます」

セイラは礼をいうと、バスルームに向かった。

智夏はベランダへ出て夜風にあたる。昼間とは違い、少し冷たい風が陰陽少女の髪を揺らす。

 「モモちゃん、落ち込んでないかな」

可愛い妹(?)の家の方角を見つめ、髪に指を通した。

 「モモが気になるか?」

 「少しね。私も昔、術の使い方で悩んだから」

九の質問で、昔の自分を振り返る智夏。力の壁は実在する、それを乗り越えるのは結局は自分自身でしかないのだ。

 「テストが終わったら、遊びに連れて行くわ」

智夏は雲で明かりが見えない夜空を仰いだ。




 


























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