陰陽少女は聖剣と出会う

 「せんぱーーい!」

昨日の疲れが取れていない朝、智夏は待ち伏せをしていたモモに、いきなり校門前で抱きつかれた。

 「ど、どうしたのモモちゃん」

昨夜、鬼人化したので様態ようたいを気にはしていたが、元気一杯なのと、いきなりのなつきように戸惑う陰陽少女。

 「先輩!」

 「何?」

 「昨夜のことなんですけどー」

ツインテールの少女は妙に甘えた声でしゃべりながら、腕にしがみついた。

 「昨夜の事、覚えてるの?」

 「うっすらとは・・・  でもコリコから聞きました」

モモは上目使いで、頬を赤らめた。

 「せんぱい、お姉さまと呼んでいいですか?」

 「えっ! 何で?」

 「だってえー 昨夜、あんな事があったんですよ」

モモは益々、頬を赤らめた。

 「まあ、凄い経験だとは思うけど。私も初めてだったし」

 「えっ! お姉さまも初めてだったの!」

モモが鬼に憑依された経験と、初めて魔法少女と戦った自分の事を言ったつもりなのだが、違う方に取られたようだ。

 「モモちゃん、お姉さまはやめてくれる」

 「ええー、どうしてですか?」

 「んーー、じゃあ、せめてお姉さんにしてくれる」

助けてもらった事に恩を感じて(?)、これだけ懐いて来た後輩を無下むげにはできず、智夏は妥協点を示した。

 「わかりました、お姉さんでいいです。おねえさん!!」

満面の笑みで腕にしがみつく少女の鞄には、ぬいぐるみのようなコリコが顔を出していた。

智夏は少し投げやりな気分になりながら、高等部の校舎の入口を見た。

そこには、友理奈が下衆げすな笑みを浮かべている様子が伺えた。

教室に入った後の、友理奈の言動に想像がつく陰陽少女は、大きく溜息をついた。



 案の定、休憩時間の度に友理奈に「お姉さん」と呼ばれ、うんざりしながら一日の授業を終えた放課後。下校のため正門へと足を向けると、こちらも案の定、モモが待っていた。

 「おねーさーん!!」

元気一杯手を振るモモ。ツインテールが大きく揺れている。

 「お姉さんを待ち伏せしちゃいました。へへへ」

朝と同じように、腕にしがみつきながら満面の笑みを見せる。

変身している時も美少女だが、変身前のモモもかなりの美少女だと智夏は思う。

 「モモちゃん、体調はどう?」

元気そうに見えるが、鬼人化した翌日に、一日授業を受けて来たので確認してみた。

 「元気ですよ! 初めての翌朝ですけど、スッキリ起きれました」

ガッツポーズを作りながら、腕に力を入れる。その時に少し頬を膨らませる仕草がまた可愛らしい。智夏は自分にも、こんな可愛らしい仕草ができたら、高野山の修行も、上手く立ち回れたかもしれないと思う。

 「お姉さん、今からお茶しに行きません?」

 「あー 今日は用事があるのよ」

昨夜の事を、退魔局に報告しに行かねばならない智夏は、残念がるモモに「ごめんね」と頭を下げた。

智夏は防衛省直轄の、退魔局に所属する陰陽師で、繁華街での鬼が関係していると思われる行方不明の調査も、ここからの指示で行っていたのだ。

 「じゃあ、明日は土曜日なので、帰りに繁華街に行きませんか?」

 「そうね・・・」

しばし考える智夏。消えた家も気になるし、何か痕跡があるかも知れない。

 「うん。わかったわ」

 「やったー!!」

また満面の笑みを見せてはしゃぐモモの鞄に、ぬいぐるみを演じているのか、一言もしゃべらないコリコの耳が、ツインテールと同じように揺れていた。



 「魔法少女か」

防衛省退魔局近畿支部の一室で、陰陽少女はスーツ姿の男性と対峙している。

男性はスラリとした長身で、歳は二十代後半といった所か、180cm以上はあろう身長を、高そうな紺色のスーツで纏っている。スラリとはしているが、ひ弱さは微塵も感じられない。屈強な肉体がスーツに包まれているであろう事を、この男が放つオーラで判断できる。

 「はい田垣たがきさん、テレビで騒がれているレナした」

智夏は少し緊張した面持ちで、スーツ姿の男、田垣に報告を上げる。

田垣将夏たがきしょうか。この若さで近畿支部のNO2と言われる役職、支部魔滅次官しぶまめつじかんの地位にいる。

陰陽師の家系である智夏が、退魔師の修行の場である高野山へ行っていたのも、この男の指示だった。いや、この男の指示だから、高野山も陰陽師少女の修行を受け入れたのだ。

 「うむ、その少女の事は君に任せよう。危険に巻き込まれないように、守ってあげてくれ」

 「私がですか?」

智夏はてっきり、退魔局がモモを保護してくれるものと思っていたので、以外な声を上げた。

 「君を慕っているようだから適任だろう。魔法少女についての術式の調査も忘れずにな」

 「・・・はい」

 「ところで、鬼の件だが」

落胆の姿勢を見せる智夏の事など構わずに、田垣は話を切り替えた。

 「一匹退治しただけで、解決の糸口すら見えていないじゃないか」

鋭い視線が智夏を突き刺した。

確かに鬼は退治したが、鬼を飼っている人物は不明だ。

繫華街での行方不明事件は、何も解決していない。

しかし智夏にも言いぶんはある。魔法少女イレギュラーの為、仕方ない面もあるのではないか。

だが、事実だけを突きをつけてくるこの男に、言い訳は通用しない。

厳しいが反論はできない。田垣は智夏にとって信頼厚い上司なのだ。

 「はい、明日に繁華街で残留調査をしてまいります」

陰陽少女は、刺さる視線を受け止め、踵を返し次官室を後にした。



 「お姉さん、私のお気に入りの店にいきませんか?」

土曜日の午後、学校での半日授業を終え、昨日の約束通り繫華街に来た智夏達。

モモは智夏と腕を組んで歩けるのが嬉しいのか、笑顔を絶やさない。

 「ああ、この前言っていたお店か」

人祓いのせいで、なかなかたどり着けなかったお店だと、学校で言っていたのを思い出した。

 「とっても美味しいケーキ屋さんなんです」

 「ほー」

智夏も女子高生だ。甘い物は大好きである。

 「いつもはテイクアウトなんですけど、中でお茶できるんですよ」

 「うん、行こうか」

智夏達は、この前の路地に入った。怪しい気配は感じられない。

普通に人が往来していて、売地の看板もそのままだ。

念のため、簡易呪術で侵入者を察知する結界を張っていたのだが、破られた形跡は無い。

売地の前を通り過ぎ、モモがお勧めのケーキ屋に入った。

店内は程よく混んでいたが、運よく空いている席があり、二人は腰をかけた。

モモが勧めるケーキと、智夏はコーヒーを、モモはミルクティーを注文した。

少し談笑した後、モモは鞄からポーチを取り出し「お手洗いに行ってきますね」と席を立った。

所在なく、ウィンドウから人の流れを見た後、モモの鞄に目がいった。

鞄から、小動物が顔を出していた。

 「あんた、コリコって言うのね」

 「この前は助かったよ」

 「あんたでしょ、私の式を潰したの。その力があれば、鬼の侵入も防げたんじゃないの?」

 「あの時はいなかったんだよ」

 「何故?」

 「基本、ルナの時にはついて行くけど、モモの時にはつかないんだ。見たいテレビもあったし」

後の方が本音だなと智夏は察する。

 「あんたは何者なの?」

 「使い魔かな?  魔法を使わせてあげてると言う意味で」

やはりこいつは、人間を下に見てるなと智夏は思った。

 「そういう事じゃなくて、どこから来たの?」

 「記憶にないんだ。この星で魔法少女を使役する命令以外は」

 「使役?」

智夏は小声だが、不穏な声を上げる。人間を使役、つまりこの小動物が人を自分の為に働かせるというのだ。

 「使役とは、少しニュアンスが違うかも知れないね」

智夏の反応を見てか、訂正を入れるコリコ。表情が無いので、真意が見えない。

 「あんたの目的は何?」

 「魔法少女に良い事をさせるだけだよ」

人間に良い事をさせる為に使役する。ますます分からないが、少し理解できる所がある。

陰陽師は、式神、式鬼を使役して、悪霊等を始末する。これに共通している所があるかなと陰陽少女は思ったが、小動物の目的が分からない。

 「あっ! コリコと喋ってる」

モモが席に戻り、コリコの頭を指で撫でる。他人が見ると、ぬいぐるみをでる、可愛い少女か、痛い少女に見えるだろう。

 「コリコが言ってましたけど、お姉さんも魔法少女なんですね。モモ、嬉しいですー」

智夏は、キッ! と小動物を睨んだ。

陰陽師、退魔師達は、退魔局からの仕事を秘密裏に解決しなければならない。

街で、顔ばれしている陰陽師が頻繁に現れては、そこの街に不安を与えるからだ。

小動物は睨まれても、ビクリともしない。涼しい顔で頭を撫でられたいた。

 「モモちゃん、あなたの事も内緒だけど、私の事も内緒ね」

陰陽少女は、さとすように言い、自然なウィンクを見せた。

 「はい、二人だけの秘密です」

魔法少女は、頬を赤らめ、可愛らしく頷いた。



ケーキを食べ終え、これから何処に行くか話している時に、智夏のアラームが鳴った。時計のアラームではない、術のアラームだ。空き地に仕掛けていた結界が破られたのだ。 

 「モモちゃん、ここに居てくれる」

智夏は素早く立ち上がり、返事を聞かずに店を出て、空き地へと向かった。

モモを置いて来たのは、また鬼に侵入されるのを防ぐためだ。

空き地の前に人だかりが出来ている。

智夏はヤジ馬のように、人垣の間から覗き込んだ。

人垣の向こうに、警官が二人と一人の女性の姿が見えた。

女性は皮のライダーススーツに身を包んでいて、地べたに座りこんでいた。

 「大丈夫かね、君?」

 「OK! 大丈夫でーす。ここに入るのに力を使ってしまったのでー、直ぐに治りまーす」

流暢りゅうちょうに日本語を喋る外国人のなまりだ。テレビではよく耳にするが、実際聞くと嘘くさいと智夏は思った。

 「力?・・・  ところで君は刀を持っていないかね?」

 「WHY? 刀ですか? 持っていませんがー」

 「刀を持った女性が、空き地に入っていったという通報を受けたんだがね」

警官は女性の周りと、空き地全体を調べているが、刃物一つ見当たらない。

 「君はここで何をしていたのかね?」

 「この売り地に興味があったのでー、ついフラフラっとー」

 「いけないよ、ここは私有地だからね」

 「SORY、  すみませーん」

女性はふらつきながら立ち上がり、警官に何度も頭を下げた。

座っていて分からなかったが、背がかなり高い。170cmはあるだろう、警官たちと大差はない。後、目を見張るのは、抜群のプロポーションだ。ライダーススーツのせいで、身体のラインが見て取れた。

出る所は出て、引っ込む所は引っ込む。まさにモデル体型。

 「今日は厳重注意だけにしておくから、休憩がけら交番で話を聞こう」

ふらつく女性を置いていけないのと、薬物の疑いがあるので、休憩と称して交番所へとむかったのだろうと智夏は考えた。

 「九、どう見る?」

女性達と距離が離れるのを確認してから、智夏は九に話しかけた。

 「そうだな、微かに神刀の匂いがするな」

 「神刀?」

 「流行はやり語でいうなら、聖剣だ」

 「聖剣!?」

智夏もゲームやアニメで聞いた事のある言葉だが、実際はお目にかかった事はない。退魔局に入局してからも、噂一つ出てきていない。

 「聖剣使いが結果を切った?・・・・・・」

警官たちの姿も見えなくなり、やじ馬も引いた場所で、空き地を見ながら思わず考えふける智夏。結界を切った意図が読めないのだ。

 「お姉さん!!  ひどいですー!!!」

後ろで声がしたので、振り返ると、モモが頬を膨らませて立っていた。

 「もうー!!  モモはプンプンですからね」

ぶりっ子の演技なのか、地の仕草なのか、智夏にとってはテレビでしか見た事のない態度をとるツインテールの少女。

 「モモを放っておいて、違う女の子を見に来るなんて」

 「ごめんねモモちゃん。でも女の子を見に来た訳じゃないんだけど・・・」

罰が悪そうに謝る陰陽少女に対して、魔法少女はクスクス笑い出した。

 「冗談ですよ、お姉さん! 魔法少女の勘ですね」

 「勘?」

 「はい、モモもあの時何か感じましたから」

変身前のモモに、結界が切られた事を感じる力があるのだと、モモの力を見誤っていたと思う智夏。

 「だけどー、モモを置いて行った事に罰を与えます」

モモが智夏の腕にしがみついて来た。

 「今日の残りの予定、モモの好きな店に付き合ってくださいね」

ツインテールを揺らしながら、魔法少女は、小悪魔的な笑顔でウインクした。





 





























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