魔法少女は鬼になる

 「行くのか、モモ」

 「もうー、変身している時はレナでしょ」

金髪、碧眼の美少女が、ステッキにまたがり夜空を仰ぐ。雲がない空を月明りが程よく照らしていた。

 「今からする事は良い事なのか?」

 「当たり前でしょ、困っている男の子を助けるためよ」

レナに迷いは見られない。

 「男の子か」

 「そう、男の子のために心を鬼にして、先輩から風呂敷を返してもらうわ」

魔法少女が夜空へ飛び出して行った。肩には小動物の姿が見える。

 「何故か今までの時よりドキドキするわ」

 「・・・・・」

コリコは黙ってレナの様子を伺っている。いや、初めて見るレナの状態に何も言えなくなっているのかもしれない。

 「待っててよ、先輩!」

レナは気分がハイになっているのか、いつもはした事のない宙返りをしながら、智夏の家へと向かう。

 「コリコ、ずっと学校にいたみたいだけど、変な奴はいたの?」

 「いや、いなかったよ」

 「じゃあ、今日は邪魔されないね」

 「邪魔?」

小動物が怪訝そうに尋ねた。昨日は邪魔どころか、助けてもらっていたはずなのに。

 「レナ、昨日は助けてもらったはずじゃ」

 「シ! 着いたわ」

魔法少女は、小動物の言葉を遮り、ベランダに降りた。

窓にはカーテンが閉められ、中の様子がわからない。

レナはステッキを、窓の鍵の所に軽く当てた。

 「開いたわ」

ゆっくりとサッシの扉を開け、カーテンをめくる。

部屋の中にベッドがあり、黒髪、短髪の少女が寝息を立てているのが確認できた。

 「やったー、ここは調度先輩の部屋だわ」

レナは魔法の力なのか、音もなく部屋の中に滑りこんだ。

そっと智夏の様子を見る。彼女はよく眠っていて、少しの物音にも起きそうになかった。

 「綺麗な顔・・・・」

レナはしばらく、智夏の寝顔に見惚れてしまった。

 「あっ、いけない。風呂敷、風呂敷」

頭を振り、部屋の中を見渡すと、小さなテーブルの上に通学鞄が置いてあった。

レナは躊躇ちゅうちょする事なく、鞄を開け、中から風呂敷包みを取り出した。

そっと鞄を置き、ベランダに出て、再びステッキを使って鍵を閉めた。

 「やったわ」

満足気に風呂敷包みを持って来たディバッグに入れ、背中に担ぐ。

 「さあー、行くわよ」

魔法少女は夜空へと飛び立った。

 



 「魔法少女が来たな」

暗い部屋で、九の声がした。智夏は起き上がり、着替えを始める。

 「ええ。モモちゃんがレナだったか」

 「気付いていただろ」

 「薄々はね」

智夏がジャージを取り出し、袖を通す。

 「相変わらず色気がねえなあ。アニメとかいうのなら、巫女装束を着ていたぞ」

 「うるさいわね、あんなの、たたかにくいだけじゃない、これが一番いいのよ」

智夏は上下白色のジャージに身を包んだ。袖とパンツの横にピンクのラインが入っている。智夏なりに、色気は無いが、女の子らしいのを選んでいるらしい。

 「悪ぶれも無く、盗んでいったな」

 「浸食が進んでいるのかもしれないわね」

 「危ねえな」

 「ええ」

智夏は口を閉ざし、気を引き締めた。

エレベーターで下に降り、道路に出て、空を仰いぐ。

時刻は夜中の1時、人通りはなく、車の往来も少ない。

印を結び、飛ばした式からの映像を受け取る。

 「どうやら川の方に向かってるわね」

 「河川敷か、奴も人間に姿を見られたくねえだろうからな」

 「九、乗せて行ってくれる」

 「仕方ねえなあ」

今まで晴れていた夜空に暗雲が現れる。

真夜中の道路に竜巻が発生し、少女を飲み込み、空へと跳ね上げた。

少女は暗雲の中に消え、落ちてくる事は無かった。




 「お姉ちゃんこっちだよ」

空を飛ぶ魔法少女に声が聞こえる。モモは声に導かれるままに、ステッキを操り、夜空を舞う。

 「お姉ちゃんここだよ」

下から声がきこえたような気がした。

上空から河川敷を見るモモの目に少年の姿が見えた。

モモは急に下降して、暗い地面に降りた。

 「リナどうしたんだい?」

コリコが不穏な声を上げた。

 「男の子がいるにるのよ」

リナは街灯が届かない、真っ暗な空間に笑顔を向けていた。

小動物には声は聞こえていないし、少年の姿等は見えない。ただ暗い闇だけの広がりが見えるだけだ。

 「取り返してきたよ」

リナは闇に話しかけ、ディバッグから風呂敷を取り出した。

 「開けてあげるね」

ツインテールを地面に垂らしながら、少女が結び目をほどいた。

ほどいた瞬間に、風呂敷は空気を抜かれた風船のように、ヘナヘナとしぼんだ。

 「何これ!?  何もはいってない!」

暗くてリナには見えていないが、風呂敷の中には剛毛が一本入っていた。

 「先輩にだまされた!」

焦燥するレナの背後に人の気配がした。

 「そこまでよ」

振り向いたレナの前に智夏が立っていた。白いジャージが暗闇の中で光沢を放つ。

 「だましたわね先輩!」「返して」「返して」「返して」

レナは言葉を連呼しながら、智夏に近づいた行く。

 「先輩、返して」「返して」「返して」「腕を返して」「腕を」「腕を」「腕を」「返せ」「返せ」「返して」「腕を」「うで」「うで」「かえせ」「かえせ」「うで~」「かえせ~」「うでを~~~   かえせ~~~~」

異変を感じたコリコは、肩から飛び降りる。

魔法少女の顔が豹変した。可愛らしい顔が歪み、白目を剥き、下顎したあごがせり出してきた。犬歯が伸び、口の中から舌が出てきて、地面すれすれまで垂れる。口を閉じられないのか、唾液が顎を通じて地面に流れた。

伸縮性の良いドレスなのか、体格が二周りほど増しても破れずに、身体にフィットしている。

 「グオーーーー   ギョーーーーー  ギョーーーーーーーーーーーー」

夜の空気を震わせ、鬼が吠えた。この世の者が出せる音ではない。

 「やっと出て来たわね」

ミニのドレスを纏った異形の者が、少女の前に立ちはだかった。

智夏は呪符を取り出し、身構える。

川面から生暖かい風が吹き、陰陽少女の呪符を揺らした。










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