陰陽少女は苦悩する

 「どうした智夏?」

姿なき声が、制服の少女に声をかけた。

少し早めな時間のため、通学路に学生の姿は少ない。もう三十分もすれば、この道は女学生に占拠されるだろう。

 「あれから式を飛ばせなかったから、私の式を潰した奴の姿を拝めなかったわ」

 「ハハハハ、救助優先にするからだ」

 「そんなの当たり前でしょ」

ヘッドホンを耳にはめ、ハンドゥフリーでの会話をしているだろう、偽装工作は欠かさない。

 「あのままだったら、レナもケガ人も危なかったわ」

 「力の使い方が無茶苦茶だったな」

 「そうね、話題の魔法少女は素人なのね」

智夏は昨日の魔法少女を思い出す。式を通してだが、金髪碧眼で奮闘する女の子は、確かに美少女だった。ドレスのようなミニスカートも違和感がない。

 「きゅう、昨日の術式どう思う?」

きゅうと呼ばれた姿なき声は、考えているのか、しばらく返事を返さなかった。

 「見た事のない術だな。陰陽でも、神道、密法でもない。西洋の魔術とも違うな」

 「うーーん。九にも分からないんじゃ、私にはお手上げね」

言葉を仕草に出したつもりは無いが、智夏は両手を天に伸ばした。

 「智夏! 早いね」

万歳の姿勢の時に背中を叩かれ、バランスを崩しながら振り向くと、友理奈が笑顔で立っていた。

 「もうー 危ないでしょ」

 「ハハ、ごめん、ごめん」

悪ブレる事なく謝る友人に少し呆れるが、怒る事は無い。

 「友理奈も早いじゃん」

 「私は日直だから、智夏は何で早いの?」

 「私は・・・」

智夏はモモが鬼の波動を受けていないか、確認をするために早く登校してきたのだが、もちろん言えるはずが無い。

 「あっ! そういう事か」

急に納得する友理奈が正門の方を見ていた。その視線を追うと、ツインテールの少女が制服姿で立っているのが見えた。

 「グフ、蜜時ですな」

友理奈はゲスな笑いを浮かべたと思うと、ガッツポーズを智夏に見せて、正門を先に走り抜けて行った。

友理奈の勘違いに呆れながら、モモの前へと歩を進める。

待ち伏せするつもりが、待ち伏せされて、どう話を切り出そうか考えていると、モモの方から近づいて来た。

 「あのー 先輩、昨日は突然でビックリしてしまい・・ そのう・・ これを」

モモはもじもじしながらも、頬を赤らめながら智夏に手紙を渡すと、中等部の校舎へと駆けて行った。

智夏はその場で封を切り、内容を確認する。

(先輩へ。先輩の好意は嬉しく思います。ですが、落とし物を返さない人とは、お付き合いできません。私が落とし主に返すので、風呂敷包みを渡して下さい。今日の放課後、下記の場所でお待ちしています)

下に地図が記されていた。場所は学校から少し離れた商店街にある、ファーストフード店が書かれていた。

 「ややこしい展開になりそうね」

智夏は中等部の校舎へと目を移した。モモが入った校舎にはもやがたち、いつもと違う印象を彼女に与えた。

校舎の横には記念樹が植えられていてる。木々の間から、リスに似た動物が首をかしげて、その様子を伺っていた。




 「今朝の人は誰?」

中等部校舎の屋上で、ツインテールの少女が一人で、ストローに口をつけた時に声がした。

 「高等部の倉橋先輩」

 「知り合いかい?」

 「知り合いというか、高等部では、綺麗で有名な女性ひとだから」

昼休み、いつもなら仲良しの友達と談笑をしている時間だが、今日はコリコの事が気になり、一人になれる屋上に来ていた。

コリコはいつの間にか、モモの肩に乗っている。

周りに人の姿はあるが、ダンス部等のクラブが練習をしにくる場所になっていて、モモの事を気にする人はいない。

 「手紙を渡していたね」

 「うん、気になる事があって、放課後に会ってくれるように伝えたの。それより、変な奴はいたの?」

 「いや、見つからないな」

 「そう、仕方ないね」

モモの返事が素気ないのか、首をかしげるコリコ。

 「僕も一緒に行くよ」

 「見つからないでよ。あっ、授業が始まるから行くね」

モモが立ち上がり、自分の教室へと向かう。足早に歩く少女の肩の上には小動物の姿は見当たらなかった。

少女は自問する。何故あの風呂敷包みが気になるのか、何故昨日、初めて会話した先輩にドキドキしているのか。答えは教室までの移動距離では出てこなかった。



 「先輩、持ってきてくれましたか?」

全国展開しているファーストフード店の一角で、制服姿の少女二人が向かい合っている。夕方の繫華街では良く見かける光景だ。

 「何を?」

 「あの風呂敷包みです。もう、とぼけないでください」

ツインテールの少女は、可愛らしく頬を膨らませた。

 「モモちゃん、あれは私の物よ」

 「違います!」

 「あれは、私が自分で落として、自分で拾い上げたのよ」

 「違います!!」

力強く否定する少女。それに対して髪が短めの少女は、クールな態度でコーヒーに口をつけた。

 「モモちゃん、あれを返しに行くって言ってたけど、誰に返すの?」

 「・・男の子です」

 「男の子?」

智夏は怪訝な表情を浮かべて、コーヒーを机に置いた。

 「はい、でも彼氏じゃないですよ。私付き合った事もないですから」

モモは顔を赤らめ、もじもじしながら上目遣いで智夏を見た。

 「男の子って誰?」

真剣な表情で身を乗り出してくる智夏。今日一番の反応に、少し気おくれしながらも何故か嬉しく思うモモ。

 「ですから、彼氏ではなく・・・あれ、なんだろ?」

 「その子の名前は?」

 「名前・・・」

地の仕草なのだろう、智夏がすればブリッコをしているだろうと言われるポーズで考えるモモ。嫌味がなく可愛いらしく見える。

 「名前を知らない人の所に持っていくつもりなの?」

 「それは・・・」

モモの返答を最後まで待たず、智夏は立ち上がり店を出た。

 「先輩! 待ってください!」

ツインテールの少女も慌てて店を出たが、智夏の後姿はかなり先に見える。

モモはその後を、走る事なく追いかけた。

 「走らないの?」

鞄からコリコが顔を出していた。傍目はためには、ぬいぐるみが顔を出しているようにしか見えない。

 「このまま後を尾けて、家を確かめるわ」

 「確かめて、どうするんだい?」

 「後で考える」

小動物はそれ以上何も訊ねなかった。モモをここまで衝動的に動かす要因を心のすみに見つけたからだ。そしてその要因は、心の奥に潜み、コリコの手に負えそうになかった。

 20分位歩いただろうか、智夏が洒落たマンションに入るのが見えた。

初めての尾行にしては、我ながら上手くいったと思うモモ。ここまで気付かれた形跡はない。

智夏がエレベーターに乗るのを見た後、9階で止まるのを確認して、郵便受けを見に行った。

 「903号倉橋。これだわ」

モモは満足気にマンションを出た。自分がしている行動が、ストーカー行為だと気付いてはいないようだ。

 「先輩の家、見つけちゃったあー」

独り言なのか、コリコに言っているのか分からない言い方だった。

ルンルン気分で家路を急ぐ少女の上空をに烏丸からすが舞っている。

 「追うのか?」

マンションのベランダで、智夏がカラスを見ていた。

 「やめとくわ、向こうから来てくれるだろうから」

 「鞄に何か居たな」

 「ええ、わざと途中から気配を出していたようだけど」

 「鬼じゃねえなあ」

 「そうね、でもこの世の物でもないわ。私達を試しているのかしら」

智夏は私達と言った。鞄の何かは、九の事を感じとっていたのだろう。だから、途中から自分の事をアピールしたのだと思う。

 「今夜が勝負ね」

智夏は空を舞う烏丸しきを見ながら、気を引き締める。

下を見ると、もうモモの姿は見えなくなっていた。

陽が沈みかけ、少し冷たくなった風が、智夏の髪を揺らした。

























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