5、チェッカーと珈琲とサンドウィッチ

今日は碧玉サファイアの日。

夜も更け、酒場で呑んだくれている男達もそろそろ家路につく頃。

一人の紳士が店にやってくる。


カランカランとドアベルが鳴った。


「こんばんは」

「こんばんは、シュレディンガー伯爵様」


三揃いのスーツに、ステッキを持った壮年の男性。シュレディンガーというと猫を思い浮かべるが、窓際の席へ歩を進めるその姿は普通の人間だ。残念ながら猫耳は生えていない。


「珈琲を」

「かしこまりました」


この紳士がこんな時間にやってくるのには訳がある。

珈琲のカップをテーブルに置くと同時に、深夜二度目のドアベルが鳴った。


「よう」

「いらっしゃい」


カラコロと下駄特有の足音と共に入ってきたのは若い男。全体的に黒っぽい和服を着た斜め向かいの骨董屋だ。ちなみに常連。

三輪みわ 宗麻そうま、歳の近いこの男も召喚者である。詳しいことはまた次の機会にでも。

骨董屋用のサンドウィッチを取りに、カウンター裏へ回った。


「こんばんは、ミワくん。さあ今日もお相手願おう」

「こちらこそ。……おっ、今晩の具はチキンか。ソースは?」

「ハニーマスタード。ごゆっくりどうぞ」


どうにも軽い雰囲気の骨董屋と、まさしく英国紳士のシュレディンガー伯爵といった相反する二人がなぜ親しくしているのか。答えは簡単で、二人とも「チェッカー」の熱狂的なプレイヤーだからだ。


西洋囲碁とも呼ばれるチェッカーは、何百年も昔英雄召喚でこの世界にやってきた若い貴族が広めたらしい。個人的にはチェスや将棋派なのでルールは知らないが、シンプルな駒を取り合うこのゲームはなかなか奥が深いらしい。


いつものように、片手に食べかけのサンドウィッチ骨董屋と飲みかけの珈琲伯爵の対戦が始まった。

ゲームをしながら会話をするが、その真剣な目は盤上に向けられたままだ。


「ところでミワくん。君はいつもサンドウィッチを頼んでいるが、それには理由があるのかね?」

「ああ、一応あるっちゃあるんですけどね」


大したことないですよ、と前置きして骨董屋が話し始めた。


「昔、サンドウィッチ伯爵ってえ人が居たんですよ。その伯爵はトランプゲームが大好きでゲーム中でも片手で食事が出来るようにパンに具を挟んだものを料理人に作らせたんです。それがこのサンドウィッチ」


と、レタスとチキンを挟んだサンドウィッチを持ち上げてみせる。そして右手に持った食べかけのそれを一口で腹に納めた。


ほほう、とシュレディンガー伯爵。


「なるほど、カードと駒の違いはあれどゲームをしながら食べるためという訳か。サイカワくん、サンドウィッチの余りはあるかね?」

「今お出ししますね」


伯爵に骨董屋と同じものを渡すと、上機嫌に食べ始めた。ルールは分からないが、骨董屋が眉間にしわを寄せているので伯爵が優勢なのだろう。

こんな風に碧玉サファイアの夜は過ぎていく。

チェッカーのお供に珈琲とサンドウィッチは、いかがですか?

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