4、ロシアンティーとジャムパン その2

目の前に座る女の子。艶めく銀糸の髪に白い肌、星屑をまぶした様にきらめく群青の瞳。大人びた表情をするこの子はアータミさんだ。

月に2、3回箒に乗って店にやってくる一応常連さん。


堅苦しい言葉遣いだけれど、歳は12歳。エルドラード魔法学園に通う、魔女を夢見る少女。アータミさん自身は既に魔女だと言い張っている。


話は変わるが『魔女ウィッチ』『魔法使いウィザード』は元々住んでいた世界とは少し意味が違う。というのも、この世界、ぶっ飛ばされてきたこの異世界では〈スキル〉と〈魔法〉とで区別されているからだ。簡単に言えば、スキルとして火を出したり風を起こしたりといった事は訓練すれば大抵の人ができるが、魔法を使ってそれを行えるのは限られた人だけ、って感じ。

威力は、段違い。


魔女ウィッチ候補のアータミさんは、魔法学園を出て、いずれは『大魔導師アーク・メイジ』になるのが目標の、甘党でパン好きな女の子。


そんなアータミさんの来店日に合わせて、ジャムを仕込んでみた。今日はロシアンティーと昔懐かしのパンを出してみようと思う。


ちょっと濃いめに淹れた紅茶と、小さな小鉢のような皿にリンゴジャムを盛りカウンターに置く。


「紅茶と、ジャム?パンは?」

「ロシアンティーっていうのは、紅茶にジャムを溶かして飲むものなんです。いつものお砂糖とミルクは入れないでジャムでどうぞ」

「甘くなるか?」

「甘いですよ」


そうか、と呟くと同時に匙でジャムを全てすくい取り、紅茶へ。甘党のアータミさんらしい。

くるくるとかき混ぜると、普通の紅茶からほんのりとリンゴの香りがしてきた。


鼻先へカップを持っていくと、まるで子犬のように匂いを嗅ぎ、一口。


「美味しい!!甘い!!ジャムだ!!」

「それは良かったです」


パッと無邪気な笑みを浮かべ、子供らしい感想を口にするアータミさんは非常に愛らしい。この姿を見るためにパンの新商品は特に毎回力を入れている。


「アロニアのジャムとレジータのジャムは?そのロシア?ティーも飲みたい!」

「お口に合ったようですね。新しく紅茶を淹れますから、ゆっくり待っていてくださいね。パンももう直ぐ新しいのが焼けますよ」

「ほんとに!やった!」


アロニアはブルーベリーに似た植物で、酸味が強い。ジャムにするときは砂糖多めにしたけど、アータミさんにはどうかな?レジータは苺に近いもの。この世界にも苺はあって、その苺にレモンの風味を足したような感じ。酸っぱくはなくて、爽やか。


どちらも、パン釜で焼いている新商品にはうってつけの味だ。


二種類のジャムと紅茶を二杯出して、一度調理場へ引っ込む。パン釜を開けるとちょうどよく焼けたグローブ型のパン。

熱々をバスケットに入れてアータミさんの元へ。


「新商品、ジャムパンだよ」

「ジャムパン!三種類一つづつください!」

「300マトになります」


ジャムパンの基本型、グローブ型のパンである。成型するのはあまり得意ではないが、やっぱりジャムパンはこの形に限る。

ジャムパンは少し冷めているくらいが一番美味しいから、熱魔法を応用して冷やして、


「はい、どうぞ」


目を輝かせてジャムパンを受け取ったアータミさんは、一口齧り幸せそうに今度は目を閉じて味わっている。

こんな顔を見られるんだから、こんな異世界にぶっ飛ばされてきたのも悪くないな。なんて思ったり。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る