3、ロシアンティーとジャムパン その1
突然だが、私の名前はアータミ。魔女である。私は今とあるカフェに向かっている。
その店を見つけたのは約一年前だ。風の噂で何やら美味い菓子とパンを出す店が出来たらしいと知った。この国は魔法の研究をするにはうってつけだが、いまいち飯が美味くないとう重大な欠点がある。
食えるものがないとか、そういう事ではないのだが、
決して不味い訳ではないが、時には繊細な味付けの食物を口にしたくなる。
だから私はわざわざ一時間半も箒に乗ってこんな生き物の多い都市部までやってきた。そして、あの店の紅茶とパンを口にして瞬時にその味の虜になった。
今日も、そのパンを味わいにいく。
私はカフェ・キルシェに置いてあるパンを全てコンプリートしようと企んでいるのだが、これがなかなか難しい。なぜなら、キルシェには『季節限定』とかいうなんとも短い期間しか売られないパンがあるからだ。何故こうも美味いパンを一月やそこらで置くのを止めてしまうのか、どうにも度し難い。
おかげで二週に一度は店まで出かけていかねばならない始末だ。これでは魔法の研究に費やす時間が減ってしまうではないか。
やっとの事で店まで辿り着くと、重い木製のドアを押し開ける。所々ガラスがはめてあるとはいえ、モースティウッドなどという重量のある木を扉になどするでない。
カランカランと軽やかな音を立ててドアベルが鳴った。
「いらっしゃい、アータミさん」
切れ長の目をした店主が声をかけてくると同時に、ふわりと甘酸っぱい香りがした。カウンター席に座り、店主の手元を覗き見れば、なにやら三つの鍋を火にかけている。
「これはなんだ?果実か?」
「はい、東の
「何にするのだ?ジャムか?」
「はい」
そう言い、悪戯を思いついたかのようにニヤニヤと笑う店主。まるでチェシャ猫のようだ。チェシャ猫とは、アイゼア国立図書館で読んだ『異世界童話集』とやらに出てきた想像上の動物だが、これが実に憎たらしくも愛らしい猫なのだ。
「アータミさん」
「なんだ」
「ロシアンティー、と言うものをご存知ですか?」
「……知らん。なんだそれは」
「紅茶ですよ。でも、ただの紅茶じゃあないんです」
切れ長の目がチェシャ猫の笑みによってゆるい弧を描く。髪が猫っ毛なのと相まってまるで猫化の獣人だ。耳と尻尾が足りないが。
少しお待ちください、と言うと店主は私の紅茶の準備に入った。
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