カスラバの雨
@there-is-no-doubt-awesome
第1話
僕らアットの民族は、
民族の内で必ず一人は、
雨が降ってきてもその場を動かない。
なぜならそれは、
雨神カスラバが僕らを憐れんでるから。
それを皆、知っているから。
「ねぇじいちゃん。」
と僕は窓に腕をかけて部屋の中にいる祖父に声をかけた。
「おいスルフォ、そんなに腕を出してちゃ濡れる。」
「雨どいがある場所だから大丈夫だよ。
ねぇじいちゃん。」
「なんじゃい。」
「外行っていい?」
「そんな、お前。外は雨じゃろが。」
「雨だからだよ!」
と僕は祖父に駆け寄った。
「ねぇ、いい?外出ていい?」
「本当にお前が良いと思ってる事だったら―――」
と祖父が細い目をこちらに向ける。
祖父の細い目は好きな時と嫌いな時がある。
好きな時はあくびをする直前の時。
嫌いな時は――
「そんな事、じいちゃんに聞かずに飛び出してるはずだろ?」
こういう事を言う時だ。
「お前、じいちゃんに『行っても良い』って言われて、
母ちゃんにする言い訳が欲しいんだろ。
ダメだダメだ、じいちゃんも母ちゃんに怒られたくはない。」
事実、その通りだ。
だから僕は祖父に問いただしたのだ。
「ねぇ、いいでしょ?」
「別に、
じいちゃんはお前が母ちゃんに怒られようと、かまわんよ?」
「(ふんケチ!)」
と僕はじいちゃんから輪ゴムが飛ぶように離れた。
「他人の『雨』で、そうそう楽しむもんでもねぇ。
カスラバ様に嫌われちまうぞ。」
僕らアットの民族は、
大昔に悪魔に涙腺を抜かれた。
涙腺ってのは涙が出てくる『ひも』だ。体に入ってる『はずの物』らしい。
でも悪魔にそれを抜かれたアットの民族は涙が流せない。
悲しくても涙が出ずに、嬉しくても涙が出ずに。
例え玉ねぎをきっても、だ。
と、言うのも、玉ねぎを切ったら『正常な人間』は涙が出るらしい。
よくは知らないが、多分偉い人の話だろう。
偉い人は、よく詰まらない事で暇を潰すのに夢中だという。
玉ねぎを切った位で涙が出るものか。
きっと特別高ーい玉ねぎならそんな効果があるんだろう。
そんな、普通の玉ねぎ切った位で涙が出る訳ないだろう。
とにかくそんな訳で僕らアットの民族は涙が出ない。
だからカスラバ様が助けてくれる。
「なーじいちゃーん。」
「どーしたねー。」
「だれが悲しんどるんかなー。」
「いやー、案外嬉がってるのかもしれんぞ。」
アットの民族が涙を流そうとする時、
しかし、涙がでないものだからと、
その様を憐れんだ雨神カスラバが、雨をこの地に降らせてくれる。
心当たりのある者は、
その場を一歩も動かずに、カスラバの流してくれた雨を目に受ける。
せめてもの優しさを、一歩も動かず。
ただ受けるのが、アットの民族のしきたり。
「さてねぇ…。
誰かの笑顔の犠牲で、
誰かが涙を飲み込んでる、
それが悲しい人間の世の中だからねぇ…。」
「?」
「おお、そうだスルフォ、
服を全部脱いだらどうだ?
それなら濡れるのはタオル一枚だけだぞ?
どうじゃ、コレはじいちゃん、名案か?」
と祖父の言葉を聞くが早いか、
もう僕は上着から脱ぎ始めた。
「おいおい、ほっほ、早いな。」
「じいちゃん!」
「ん?」
「タオルよろしく!」
その言葉と供に、僕はもう何もつけずに道端に出た。
「やれやれ、
…風引く前に上がらせないとワシが母ちゃんに怒られるわい。」
そんな祖父の呟きは、
雨が体を打つ音で聞こえなかった。
僕もまた、
この地で泣いている人の真似をするんだ。
目を大きく開いて天を向く。
カスラバがくれた雨を、
涙のように流す為に。
僕らアットの民族は、
民族の内で必ず一人は、
雨が降ってきてもその場を動かない。
なぜならそれは、
雨神カスラバが僕らを憐れんでるから。
それを皆、知っているから。
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