チャレンジャー

 午後の授業をなんとか乗り越えて、帰りに少し本屋によってみた。

 音楽関連の本が目について、なんとなく手にとって立ち読みしてしまった。


「奏。早く行くよー!」

「アタシが遅いみたいにいってるけど、みなが早いんだよ!」


 ふと、そんな声を聞いて振り返る。なんでかはわからなかったけど、気づいたら自然に見ていた。

 そこには緑髪の公立の制服の女の子と、その友達らしき女の子がいる。

 あの制服って、行こうと思ってた公立の制服よね。遊びに来たのかしら――というか。

 私の頭のなかではまた変な違和感がもやっとする。


 あの緑髪の子は一度も話したこともないし、会ったことすらないはずなのに――知っていて、すごい中も良かった気がしてしまう錯覚に襲われる。


「……気のせいよ。気のせい」


 高校受験の頃からこういうこと多いな。ストレスでもたまってるのかしら?


 そのまま家路について、お世話になってる親戚の家に辿り着く。


「おかえりなさ~い」

「た、ただいま……理香子さん」


 うぅ、まだ慣れない。このノリ。


「もう、お母さんって呼んでもいいのよ~!」

「それはさすがに」


 この人は、親戚の美原理香子さん。私が星創学園にかよっている間お世話になる家の人で、お母さんの妹です。つまりは、私の従兄弟の家です。

 気負いはしないんだけど、このスキンシップとかにはまだ慣れないわね。


「お、おかえりー。春香帰ってきたんか」

「ただいま、早くない?」


 リビングからでてきた同い年の覇気のない男、美原桂。まあ家族ぐるみなのもあって、かなり長い付き合いね。学校一緒になったことはないわ。


「今日は午前中で終わりだったんだよ」


 こいつは普通の公立高校に通っている。


「ふうん……おつかれさま」

「そっちこそ、おつかれな~。アイス食う?」

「食べるけど、着替えるから待ちなさい」

「おう、じゃあリビングにいるわ」

「お母さん買い物行ってくるわね~」


 私を最後に抱きしめた後、理香子さんは外に行ってしまった。私も部屋に戻って、制服から着替えて下に降りる。


「ふう……」

「どうした」

「ちょっといろいろね」

「ん」


 下に降りて座るとそうやってアイスを手渡された。


「ありがとう……桂って夢ってあるの?」

「映画監督」

「嘘つけ」

「よくわかったな~……まあ、今は特に考えてないな」

「そっか……そうよね」

「なんだ、そんな壮大な質問」

「そんなに壮大かしら」

「人生全てをひっくるめる壮大な質問じゃね? 昔は消防車になりたい! とかわけわからんこと言ってた覚えはあるけど、この年になると逆になにもないな」

「言ってたわね、そんなこと……私はなんて言ってたっけ?」

「テレビのギタリスト見て、私もこうやってかき鳴らすとか言ってた気がする」

「ギターなんてこの歳になっても、一切触れてないわよ。昔の私何言ってるのよ」


 テレビをつけると音楽番組がやっていて、大人数系のアイドルグループ特集をやってる。


「……桂はこういうのは好きなの?」

「アイドル?」

「そう」

「農業系アイドルなら」

「何よそれ」

「知らないか。日曜にやってる番組の」

「あぁ……なんとなくわかったわよ」


 つまりはこういうキャピキャピしたのには興味ないってことね。


「あ、そうだ。そういえば、使ってない楽器とかってないかしら?」

「父さんが新しいのかって倉庫にしまったのとかならあるだろうけど……聞いてみないとわかんねえと思う」

「そうか」

「音楽始めんのか? 武道館いっちまうのか」

「あくまで趣味程度よ。少し誘われてね」

「バンドにか」

「いや、ネットの動画作成に」

「あぁ……作ったら教えろよ。無料でもらった範囲なら宣伝を入れてやる」

「そりゃどーも」


 というかお前も見てたんかい。知らなかったわよ。

 なんか、まじめに考えてると疲れるけど、考えないって選択肢がなくなってるのはあの学校だからかしらね。


 答えは出ないままその日は過ぎていったわ。


 ***


 翌日の朝もいつもどおり登校すると、途中で水花に会った。


「おはようございます。春香」

「おはよう、調子どう?」

「なかなか難しいです。周りは皆さん子役からだったり、演劇部とか合唱部などに入っていて何かしらの強みがある人ばかりですから」

「そこは水花は夢への熱血でカバーすればいいじゃない」

「そうですね。でも、難しいんです」

「……そっか」


 アイドル科の朝は早い。部活でもないのに、朝練じみたことも多い。私はまあ、何となく朝早く行くようにしてるだけで、水花とはメールはしてるけどこうやって会えるのは朝から偶然帰りにくらいしかない。


「すごいな~」

「なにが?」

「うえぇっ!? ちょっと、彩花いきなり後ろからでてくるんじゃないわよ!」

「後ろ姿がみえたから。それで、何が」

「アイドル科の同級生の話よ。こんな朝からね」

「あそこ一番倍率高くて、入学はスタートっていう言葉が似合う場所らしいからね」

「そうよね……今は飽和状態とまで言われてるものね」

「大アイドル時代だね」

「そうね……あ、そういえば、一応楽器の宛はできたわよ」

「ほほう。何?」

「キーボードとショルダーシンセサイザー」

「また、何故そっち方向に」

「お世話になっている家のお父さんが音楽関係の仕事で、いろいろ楽器持ってたんだけど。きづいたらシンセだけ新調しても売りもせず倉庫に集まっていたって……特にヴィンテージとかでもないのが」

「すごいね……でも、弾けるの?」

「まあ授業で触ってるし、教材本もあったからなんとかなるとは思うわよ」

「ていうか、歌う?」

「いきなり弾き語りは辛くない?」

「まあ確かにね。ショルダーシンセサイザーなんてそれこそ、キーボードとか扱い違うんだろうし難しいか」

「とりあえずは、演奏か歌でやってみましょう……やることないし、彩花の提案に乗ってあげるから付き合いなさい」

「もちもち!」


 夢のこともまだ何もわかってないけれど、とりあえず動いてみろって妹ならいうと思う。そんな言い訳とともに、私は彩花と活動を開始するわ!


 ***


 さっそく放課後になって、私達は学校の中にある小さなレコーディングルームにいる。

 でかくて芸能系の学校なおかげで、申請して時間や時期があけばこうやってすぐに借りることができるのは利点。

 だけどまだレコーディングブースに入っているわけではなく、機材のチェックを終えた後にパソコンを開いているわ。


「結局どっちにしちゃう?」

「歌うわ。歌うわよ……!」


 そういってボーカルロイドの創作サイトにアクセスしている。とりあえず、動画サイトと同じメールアドレスつかって会員登録を済ませて中を見てみる。


「何で、こんなふうに見てるの?」

「いやだって著作権とか気をつけないとダメじゃない!」

「……まあそうだね」

「あんたもしかして全くの無視でやってたりしないわよね」

「結構有名な人がうpしてる曲とかばっかりやってて、HPとかで確認取れる人の曲しか殺ってないよ!」

「まあ、ちゃんと確認してるならいいと思うけど……あれ、でもこれって歌ってる人がいる作品から探したほうが、早いんじゃ」

「あたしもそう思ったから言おうと思ったんだけど」


 早くも空回りしてきてる気がして辛いわね。

 改めて歌ってみたの動画をいくつかみて、歌ってみたい曲を見つける。

 そしたら後は簡単――じゃないけど、やることは決まっている。まずは本家の、つまりはボーカルロイドの動画を見てみる。

 ここで説明文をチェックするわ。ここにカラオケを公開してたりする人もいるからね。

 今回はいなかったから次はそれぞれの楽曲製作者のHPやブログを見てみる。

 そして細かくサイト内をチェックすると、『二次創作について。有償のものに関しては下記の連絡先にご連絡ください。非営利のものに関しましては自由に使用して構いませんが事後報告していただけると嬉しいです』という文章を見つける。

 その他に人に関しても似たようなものが見つかる人と見つからない人様々だけれど、つまりはこれで許可してる方に関しては“現状”歌ってみたをしていいことになるわ。


「どの曲を歌うの?」

「とりあえず、突然ロック系とかはきついしポップ系にしましょう」

「じゃあこれとか?『ハレバレレインボー』とか」

「折角くだし、そうしようかしらね」


 ハレバレレインボーは明るい曲調でテンポは少しゆったり目になっている曲ね。

 歌っている人は多いし、1ヶ月前にでて今ちょうど話題性も強いわ……サイト内での話だけど。


「オフボーカルとれる?」

「サイトで配布してるみたい。ダウンロード終わったわ……えっと、歌詞もあったから印刷して」


 いろいろ準備を進めていく。機材の電源もつけて、ブースもマイクの高さを合わせて。


「聴きこまなくて大丈夫?」

「動画で聞いてたし、カラオケでもこの前歌ったから大丈夫よ……多分」

「まあ最初だし気楽に行こー」


 そういって音楽を流してくれて収録が始まった――。

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