その衝動

眼下に広がっているのは、田舎には不釣り合いのビル群だった

その窓からは灯りが無数に漏れていた

例えるならば、地上に写る美しくない星空

その青空も、昨今は田舎でも全く見えない

そして、その星空はビルのジャングルによって存在する

その中ではかなり高い部類のビルディングの屋上に、清仁は立っていた

ここなら、少し落ち着けるからだ





あの後清仁は、逃げ出すように学校から離れた

実際、逃げ出したと言ってもいい

高校の屋上で爆発事故が起きて、そしてそこに意味不明な人型のナニカがいたら、怪しいなんてもんじゃない

なので逃げた

そして、逃げる内に、遠くへ来すぎてしまったようだった

目に写るのは、人だかりとビルばかり

彼らは皆、地面過去目の前現在だけを眺め、頭上未来など見ようともしない

上を見る者がいないので、異形である清仁が見付かる可能性は低かった

鉄筋コンクリートに遮られた地平線を見る

陽はとっくに沈んでいた

LEDに照らされて、黒い異形は手のひらを見た






欲望、と言っていた

あのオレンジの異形は確かに言っていた

自分達が互いの存在を探し殺し合うのは、欲望と同じだと

異形となった人間を自らの手で殺すことで、満たされると

この満足感や達成感、幸福感は、戦えばまた手に入れられるのだ

人殺しが、罪であるのは知っている

だが清仁は、決して欲望に抗える人間とは言えなかった

食事は人一倍食うし、授業中寝ることなど日常茶飯事 都合さえ合えば自慰行為も何回もする 誰かに認められたい、あの人の持っているアレが欲しい、もっと金を手に入れたい、壊したい

色んな煩悩と欲望を、志田清仁は身長178㎝に詰め込んでいる それすらも、本人は自覚ずくだ

だから、今更一つほど増えたとして大して変わらない

それに、この欲望は満たすととても気持ちがいい

こんな快感と満足感は、美味い食事にも心地よい眠りにも、恐らく絶世の美女とのまぐわいでも得られないだろう





ふと、視線をビルの下の道路に向けた

通行中のサラリーマン達に紛れ一人のOLがいる

清仁は、そこで奇妙な感覚に襲われた

これの正体も、どんな風にすれば消えるのかも、何故現れるのかも、清仁は知り尽くしていた

足を曲げ、跳躍

ビルの側面に腕から延びた孫の手状の器官を押し付けて、落下の勢いを減らしていく

ビルとビルの間、細い路地裏に、黒い影が降り立つ

グレーのスーツを着こなしたステレオタイプなOLは、それに気付いて振り向いた

瞬間、その影は闇夜に消え、代わりに銅色の異形がそこにいた

怪人が清仁に飛び掛かる しかし彼は命の危機などと感じてはいなかった

至高の幸福のために、志田清仁は拳を振り抜いた








建物の間の隙間から、爆風と爆炎が発生した

一人の男子高校生が、ビルの間の暗闇からゆっくりと歩いて出てくる

何故か、満足感に溢れた表情をしていた

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