過ぎていく理不尽
ここは地獄だ、と清仁は思う
いつも思う
男は一部の不良気取りにかしづくことを選び、自ら危険に飛び込むことを嫌う
周りとの話題になる大した中身のない娯楽とも言えない娯楽が、彼らのアイデンティティーと化している
女はグループを作り、表の顔は他の同性と仲良くしている
その中身はどす黒い攻撃的なもので、気に入らないものは気に入らない言いぐさで罵り、あまつさえ他者とその価値観を共有しようとする
両者共に貞操観念が狂ったものが続出、尻の軽い女と大した愛もない男が我先にと互いに『初めて』を投げ捨て合う
興味のないものには関心を寄せようとする気配を見せず、むしろ積極的にけなす
授業の問題ばかりを見つめて、何かしらの事の本質や中身を見ることを面倒臭がり、結果考えることを億劫に感じる
それだけなら、いい
それは彼らが自ら選び、堕ちていく道であって、赤の他人たる志田清仁にはこれっぽっちの程も関係はない
むしろ、その道を選んだ事に対して皮肉混じりの称賛すらやるのも良いかもしれない
だが彼らの悪いところはまだあった
異質な部分を排除しようとするのである
ガン細胞のごとく
「え?私志田の隣?うっそー!?」
「あー、友美かわいそー」
「運悪すぎねー?まあ三ヶ月頑張りなよ?」
くじの入った箱の前で、カン高い声で遠慮なく喚き散らす未成年の女子複数人
全て清仁の同級生である
そして話題は、席替え
彼女らは、本人が聞いている可能性があることを考慮せず、志田清仁の近くの席であることをさも悪いことであるかのように話していた
慣れきったものだ
幼少の終わり辺りから、このような扱いは受けていた
時に扱いに反発し時に反撃を試み時に人に相談し時に笑って誤魔化した
小学生のときは、所謂イジメとすら言える扱いも受けた
だから慣れた
いちいち対応するのも疲れるだけなので、無視することにした
やや意図的に住んでいる地区から遠い高校に入学しても、いままで自分を蛇蛞のごとくに扱ってきた人間とも違う者たちがクラスメイトとなったとしても、この有り様である
なれば、
(俺自身に、同級生から嫌われる原因があるんだろうか)
とも、考えるものだ
だが、直すつもりなど毛頭ない
社会経験を積むという目的も兼ね備えたこの学校という施設において、自分と相容れない人間との接触は免れない現象である
その上で、自分達と何かしら違う人間を攻撃するような畜生以下の餓鬼のために努力するほど、彼は余裕を持ってはいない
本当のところはモテたりもしてみたいが、そんなのは夢のまた夢だろう
別に話もしたことないのに嫌ってくるのだ、恋愛関係に持ち込むなど最初から不可能なのだろう
あるいは、学校の規律から外れたイケない感じなのが彼女達の好みかもしれないのだが、それは別とする
とにかく清仁は嫌われ者としてクラスにその地位を轟かせていたのであって、公然と彼の悪口で盛り上がる女子生徒を誰も咎めないことがその何よりの証拠だ
「ぶっちゃけこっちから願い下げだっつーの」
「そう言うなよ、プリント受け取りとか手渡ししない分前後の席より関わらないと思う」
清仁の小言に、一人の男子がそう言った
唯一の友人、青島広人
周りは実質敵だらけのこのストレスゾーンにて、清仁は彼と友好的な付き合いをしている
ぱっと見、向こうが付き合ってやってるのかと思われるが、むしろ志田は青島に付き合わされている節がある
「俺はあの娘はそこまで悪いようには見えないけど?」
しかし、嫌われ者と積極的に付き合いながらも、彼はクラスとよくやっている
なかなかの世渡り能力だ
「それなら仲良くなれるか?なれないだろうな」
「そう落ち込むなって、まあ」
清仁も、別に彼の事は嫌いではない
試験の点数や体力テストの点をしつこく聞いてくることはあるが、友人らしく騒いだり遊んだりできる人間がいるのといないのとでは大分違った
「俺もお前の近くだからよろしく」
「そうか、会話がはかどるよ」
「お前は図体があるから後ろ向いてると先生に・・・おっと?」
青島が柔和な笑顔を浮かべると、独特の鐘の音が耳を叩いた
チャイムだ、休み時間の間に席を動かしてしまわねばならない
「行くか」
「そうだな」
机と鞄と椅子を積み上げ、清仁はのろのろと動き始めた
席替えの後の授業は散々なことになった
黒板の問題を自信満々に答えたところ大間違いをし、教室中から失笑を買った
わりと結構あることなので別に気にならないが、いい気分とはいえないものだ
そんなこんなで、清仁はいつも通りのブスッとした仏頂面で渡り廊下を彷徨いていた
なので、声を掛けられた
「あ、志田君!帰り?」
別に顔見知りがいないわけではないので、挨拶をされるのは普通のことだ
だが声を掛けてきた女子が問題だった
藤野美奈、志田清仁の想い人
「なんか顔が怖いよ、ヤな事でもあった?」
「あ、いえ・・・」
ハッキリとしない言い方になってしまった
調子が狂うとまでは行かないが、やや対応が不自然になる
「藤野さんはこれから部活ですか?」
やや強引だが、話題を変えることにした
これも、不自然な対応だと言えよう
「うん、大会近いから長くなりそー」
「出場するんですか?」
「個人戦でね」
「すごいですね、応援してます」
「ありがと!」
気付けば、体の動きもぎこちない
異性との、それも意中の相手との会話なんて慣れないことはするものじゃない
しかも、嫌悪感ではなく好意的に接してきているので、慣れなさ加減はとてつもない
「それじゃあ、そろそろ帰ります」
「気を付けてね!」
「ありがとうございます、藤野さんも部活頑張ってください」
時折、清仁は思う
こんな風に純粋に人間と接せられる人が、とても羨ましい
そんな人は社会のことや同級生のことを清仁のように批判することもないのだろうか
清仁は、藤野美奈に憧れのような感情もあった
(俺には高嶺の花か)
気付けば、生徒用の自転車置き場に着いていた
ポケットに突っ込んだ手を引き抜き、鍵を自分の自転車に向けた
これが彼の生活だ
青い春はない
つまらない
それが志田清仁の毎日であり、これからである
あとは片道数十分のサイクリングをして、自宅に帰るだけ
そのハズだったのだ
違和感
何か、表現できない何かが、自分の視界外から接近してくるこの感覚 それが持つのは敵意と殺意、そして害意
その正体はよく知っていた
「来やがったか」
鍵をズボンに捩じ込み、清仁は校舎に引き返した
迫り来るスリル満点の展開を予想して
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