決戦、激突、死闘
土の匂いを肺いっぱいに吸い、同時に若葉と木の香りが、その鼻をくすぐった
清仁は自宅から自転車で20分ほどの林に訪れていた
辺り一面緑に覆われたこの場所は、人の心を癒す効果があるのかもしれない
だが最近の高校生の分際でこんな木と草花しかない地点に好き好んで来るほど、清仁は趣味人ではない
ちゃんとした理由はある
気配だ
なにか、とても漠然とした、一種異様とすら思える存在の気配
そんなものを感じられるような霊感も能力も彼には備わっていないので、彼は自身である予測を付けた
異形へと変われるようになった、その副産物
そしてそれが、その仮定が正しいならば、感じた気配の正体は絞られてくるものだ
赤と白の斑の怪物 それも、かなり人に近い形をしたような
それが唐突に志田清仁の正面に躍り出る 獣を彷彿とさせる力強い走りで、真っ直ぐに清仁に向かってくる
それを確認するや否や、清仁はその姿を瞬く間に変化させた
ウニのような髪型は、青く堅いヘルメットのような体表と二本の触覚に 下手に威圧感を与える三白眼は、欠けた丸い単複眼に インドア派なので日焼けしていない肌は、毒々しい青に
二秒とかからず、変わる
それは彼にとって、とても劇的な変化だ
肉体が変化し、そこに強烈な膂力と能力を兼ね備え、そして決して普通ではない
人付き合いが苦手且つ自分勝手、欲深くて手段は選ばない
努力も全くしない
自覚ずくのそれら清仁自身の特徴と、そんな人間には一切合切良い態度を見せないこの世間が、彼をどれほど苛つかせていたか
いっそのこと、別の何かに変わってしまいたかった
それが、叶っている
この、何の変哲もない雑木林にて、志田清仁が夢見たことが叶ってしまっている
それがとても嬉しかった
喜びに打ち震え、涙すら流れそうなその胸の内
しかし例え力を手にしたとしてそれを試す場面が無くては宝の持ち腐れ
モチベーションは下がる
今が、それだ
今が、この圧倒的な力と、異形をぶつけられる場面だ
五本の指全てにほぼ限界まで力を込める 自然と形成された握り拳
片足を一歩踏み出す 肘関節を直角よりやや鋭く曲げた腕を、目の前に真ん前に、思いきり、伸ばす
紅白の怪人の胸板に突き刺さるように打たれた右ストレート その衝撃は確かに敵に入った
鈍い音がした 拳の直撃である
突進の勢いを丸ごと削がれた紅白の怪人は、そのパンチに吹っ飛ばされ背中から後ろの大木へ体当たりすることになった
再び鈍い音がした 木にぶつかったのである
緑の葉が躍り枝一本一本が揺れ、さぁっという音色が聞こえた
木の根辺りでうずくまるように転がった異形は、両手を地面に叩き付ける 否、地面を押して立ち上がった
顔を上げる勢いのまま、両手を広げて再び突撃 交互に前へ出る足が地面を荒々しく踏む
約6メートルの距離は一瞬で詰められた 清仁が両手を敵と同じように広げる
二匹の異形は、互いの両手を掴んだ 掌がぶつかり、指の間一つ一つへ敵の指が滑り込む そしてそのまま思い切り握り付ける
プロレス等でよく見られる、力比べの代名詞手四つと呼ばれる状態 この二人は今まさにそうなっている
要は力比べの始まりだ
相手の掌を握り潰さんばかりに握り、肩と二の腕の筋肉を必死に動かす 無論、滑らぬように足を踏ん張ることも忘れない
清仁が腕を押し込む 押された掌に呼応して、紅白の肘と腕全体が後ろへ行く
清仁は更に押し込む 相手は一歩下がってしまう
異形達の足下の土が、異形達の踏ん張りによって抉れていく そこには恐らく、深い足跡が二種類二つずつ刻まれているのだろう
清仁が更に腕を前に出そうとする 同時に、片足を一歩踏み出した
異形と成った清仁の青い足が空中へと数瞬上がる つまりその時、彼は片足立ちだった
その刹那、紅白が先程までの劣勢が嘘のようにいきなり動き出した
押し込んでいた腕が段々と押し返されていき、清仁の肘が曲がる
そして視界が反転した 上下逆になった
視界の上の方に土が来て、下の方に空が来た 清仁は一瞬の内に倒れていた 仰向けにだ
投げ飛ばされたのだ 片足だけの不安定すぎる体制では耐えるのは無理である
転倒状態の清仁は、間を置かず視界を振り回した 人間の状態であったなら、黒目がギョロギョロ蠢いていたハズだ 残念ながら今の彼の目は大きな欠けた一つ丸なのだが
そして、捉えた
腹に足の裏を向けた異形を
手で地面を叩き、その反動で半回転する清仁の体 土色の土が散り、清仁の視界は再び反転した
先まで青い怪人の腹があったところへ重々しいストンピングをかけた紅白の怪人 首を左に素早く向ける
地面を転がりながら、青い異形はその場を離れる
寝転がった状態から膝立ちの姿勢に移行、そのまま立ち上がる
ややへっぴり腰の清仁へ、紅白の異形はアメフト選手も顔負けのタックルを繰り出した 青い異形の腹に、紅白の異形の肩が直撃する
木々の間を吹っ飛んで、再び清仁は転がる 木の葉が散って辺りに再び落ちる
怪人は真っ直ぐこちらに近付いてくる 清仁は右手を力一杯握った
その腕に生えていた孫の手に似た器官が動いた そして、その先端に大気を震わす稲光
地面に左手を着けて立ち上がりつつ、その目は紅白の敵だけを見据えていた
飛んだ 紅白の方だ
がむしゃらの拳を、繰り出す
しかしそれは届くことはなかった
握り締められたパンチは相手の顔面には届かなかった
異形の体に突き立った、棒状のなにか
雷が落ちたような音がした それと同時、紅白の異形が後ろへ飛んでいった
清仁は右手を伸ばしたままそれを見ていた
ちょっとの間地面から離れていた紅白の体は、ゆるやかな放物線を描き落っこちた
瞬間、閃光
電の次は、爆発 先まで動き回っていた敵は、突然に粉々に消し飛んだ ブロークンサンダーにそんな効力はない
破片が飛び散り、煙が巻き上げられる 音も凄まじい 手榴弾もかくやという程の、爆発であった
清仁は暫く立ち尽くした
目の前の煙が、風のままに流れているのをただ見ていた
後に残った跡、そこから漂う立ち上る白い線
あれも煙だろう
そしてそんなとこなどに、あの敵は存在していなかった
「ハア、ハア・・・!うぐ・・・ぐ・・・」
青い怪人も、もういない
そこにいたのは紛れもない人間の志田清仁だった
その顔面には、ニヤついた表情が出ている
達成感
勝利の実感
戦闘の余韻
アドレナリンの残り香
ストレス
それらは、清仁の脳髄を暴れまわっていた
そうだ、彼は倒した
「ハア・・・ハア・・・ハアッ!ハアッ!」
いきなり襲い掛かり、清仁を攻撃したあの忌々しい紅白の異形を 気配という形で半ば清仁を呼び出したようなあの異形の者を 殴る蹴るの連続の果てに、ブロークンサンダーを叩き込んでやった ピンチが連続したが、勝った 確かに、この手で、この手で、この手で自分と同じ異形となった人間をぶち殺してやった そう倒した、勝った、殺したのだ
異形となった『人間』を?
「アッ?」
人間を、殺した
この手で、何の疑いもなく 何の容赦も情けもなく
理由すらなく
清仁の脳髄を、今度は恐ろしい『何か』が蠢いた
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