既知との遭遇
自転車を漕ぐ、青年
陽は暮れかけ、辺りはゆっくりと暗くなってきていた
コンビニエンスストアでのアルバイトを終えた清仁は、今帰路の途中である
月に精々二、三万程度しかない収入だ
高校生であることを鑑みれば当然である
そして清仁はお世辞にも優秀とは言えないので、これくらいが身の丈に合ったバイト代ともとれる
とにかく、志田清仁が退屈で疲れるその一連の仕事を今日も終わらせた数分後なのだ
風が頬を叩く
乳酸の溜まりきった両足にこれでもかと負荷をかけ続けながら、志田はペダルを回した
チェーンとどこらかの部品がこすれ、ぎいぎいと耳障りな音を鳴らしている
アスファルトの上を二個の細いタイヤが踏みつけて、清仁はただ静かに漕いだ
カーブをややブレーキをかけながら曲がる
ここを曲がればすぐ
もう少しで我が家なのだ
そう思いながらカーブを曲がると、目の前に不思議なものが突っ立っていた
あと少しで家に着き、シャワーを浴びて洗濯物を干して寝る
そんなことを志田がぼんやりと考えていた、その刹那のことであった
確かにそれ自体は人のような形をしていた だが他は全く人とは似ても似つかない
甲殻類と甲虫を足して二で割ったような全身の甲羅 半透明の皮で覆われた関節 所々に棘の生えた、逆三角形の上半身
そして赤と白のメーンカラー
全身から遠慮なく漏れ出る、異形 人間の型で人間以外のものを作ったような、そんな、圧倒的違和感
一昔前、いや今でも使う表現だろうが、それを素早く表すならば、
怪人
だが同時に清仁は思った
─コイツは、自分と同じ──
思考の瞬間にその怪人は志田に飛びかかってきた 一瞬屈み込み、脚部をバネのようにして跳躍
清仁の真上に落ちてくる
踏み潰してくるつもりなのだろうか
彼は躊躇いなくもう一つの姿を晒した
体全体に甲羅が産み出され、肥大化し、体色は目に優しくない鮮やかなブルーへ 頭部に、上が欠けた円型の複眼
たった一秒に満たない時間で清仁は、目の前の存在のような異形へと姿を変えた
そう、彼等は同じ、異形
この世ならざる人の中の異形
清仁の異形に、紅白の異形が頭上へと落ちてくる 頭に向かって、手刀がスピードを持って落ちてくる
清仁は、左手を上へ出した 肘を曲げ、見えない盾を構えるように防御の姿勢をとる
がつっ、と甲高いような鈍いような、そんな音がした
志田清仁だった者はもう一方のチョップを確かに受け止めた だが相手はチョップの形を維持し、重力に従って落ちる前に、足を後ろに引く
その動きを清仁は確認したが、体が動く前に敵が行動をした 腹部への蹴りだった 空中で踏ん張れないので威力は激減してるのだろうが、清仁には確かにダメージが入った
平べったいくの字になった異形に、もう一つの異形は着地の姿勢から片腕を振った
肘を少し曲げながら放たれる右手は、いわゆるフックであろう 追撃の拳を、容赦なく、キックで膝をついた志田に叩き込む
しかし清仁はそれを右手で防いだ 手首の辺りで相手の腕を強く打ち、強引に拳の軌道を変えさせる
腕を弾かれたので、紅白はそれに引っ張られるようによろめいた
しゃがみ姿勢から、顎を左拳で突く 起立の勢いとアッパーカットの腕の動きがシンクロし、破壊力が一個の拳骨に集約した
怪人の頭が大きく揺れた 脳味噌辺りも一緒に揺さぶられたのか、それが直撃した後異形は後ずさりした
足下の砂利を踏みしめて後退
それを見逃す前に、清仁は動いた 手首の辺りのギミックが動き、孫の手の形をした爪を展開する
目の前にいる異形の怪物を、見据えて、清仁は爪に筋肉の収縮を促す
稲光が飛んだ 爪の先端には、どんな絶縁体も音を上げるような強烈な電気がある
それを直接、爪の刺突で叩き込む
清仁はこの一撃に、『ブロークンサンダー』と名付けた 破壊の雷、いい響きかは彼にはわからなかった
足を踏み込み、拳を、爪の先を、そして電撃の矛先を、もう一つの異形に向けた
地面に足の裏を叩きつけ、蹴る
弾丸が如く飛び出した青の異形 その一撃が、右ストレートの要領で、別の異形に、
届かない
アクロバティックな横っ飛び 一瞬前まで敵がいた地点に、ブロークンサンダーが炸裂する つまり不発、だ
そして大きく振り抜いた後のその姿勢に、回り込んだ紅白の異形が、飛び蹴りを入れた
胸板に続き脇腹に一撃食らい、清仁は吹っ飛ばされた
青の異形が一回バウンドする アスファルトの上に寝転がる形になり、直ぐ様立ち上がる
目眩 そう目眩だ
ブロークンサンダーは、彼の体力を多いに奪った バイト帰りで、さらに攻撃を貰った直後のことであるのを差し引いても、この消耗量は異常である
起き上がる途中の膝立ち姿勢、思わずた折れ込みたくなる衝動が襲いかかる 疲れは限界に達している
だが、ここでみすみす死ぬわけにはいかない
清仁は戦意の消えぬ瞳を、もう一匹の怪人に向けた
網膜のレンズが捉えられる光景がスライドした が、そこには人っ子一人いなかった
振り向き、反対を見て、上下を睨んで、そして、清仁は初めてそこで紅白の異形が立ち去ったことに気付いた
膝立ちから完全な直立姿勢へと移り、爪をもとに戻して、ようやく清仁は元の人間の姿へと戻った
巻き戻し映像のように、その体から異形成分が消えていく
目を開けると、無事だった愛用の自転車が、電信柱に取り付けられたランプの光を鈍く反射するのが見えた
「なんだったんだ・・・」
志田清仁は呟いた
攻撃の痛みは残っている
攻撃の疲れも残っている
紅白の異形の目的はわからない
そしてあのもう一人の異形の正体も
やはり清仁と同じ人間、だった、のだろうか
意味不明な状況に対して舌打ちをして、清仁はまず最初にサドルに腰掛けた
最近は星空も見えなくなった
あの激戦を、お星様すら見ていなかった
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