気怠さ

頭痛がした

志田清仁の脳細胞が悲鳴をあげていた

日付が変わるまでスマートフォンを操作していたからだろう

「・・・ファック・・・チキショウめが」

複数人のクラスメイト越しに見える黒板を睨み付け、歯噛みする

「えー、それで、このx2乗が・・・」

数学の授業の教師はやや喧しいので眠気覚ましに良いと考えていたが、それ以前の問題だった

段々と瞬きのスピードが下がっていく

完全に眠る前にノートだけでも取ろうとする

だが清仁が持つシャープペンシルの芯の描く軌跡は、のたうつミミズのようだった

自分でも読めない

もともとクラス最下位の成績なので今更本気になって授業に取り組むのも馬鹿馬鹿しい

だが、寝るのは避けたかった

その気持ちは、最後に残った危機感からか、もしくは先生に対する礼儀からか

だが瞬きのために閉じる瞼はだんだんと重くなって行く

意識を失うカウントダウンの始まりだ

が、幸か不幸か、学校のチャイムが生徒全員の耳を叩いた

学級委員長が号令をかけた

志田を含めた30人弱の少年少女ができ損ないの軍隊のように同じ動きをした

着席をした志田は、机に突っ伏して大人しく思考を放り出した

つまり、短い眠りについたのである

裏返る意識の中、つかの間彼は幸せだった








放課後を一時間過ぎた頃合い

清仁は近所の廃車置き場を訪れていた

人は彼以外いない

地元が田舎寄りなのもあいまって、彼の周りには都会では考えられない無駄遣いされた土地が無数にある

錆び付いてボロボロで二度と動かぬ車たちの墓場であるここも、その一つというわけである

本来なら高校二年生が大した用事もなしに来るようなスポットではない

が、清仁がそこに進んだ


人間はその場からいなくなった

何故なら、清仁が人外になったから

甲殻類とも甲虫とも西洋鎧ともとれる青い外骨格をした人型の怪物 志田清仁は一瞬でその姿に変身した

青い体が沈みつつある太陽に照らされ、鈍く光る

身を沈め、人ならざるモノになった清仁が両手を広げる

その複眼の視線の先には、廃車

足を踏み出して、走る 走る

初速からその走行スピードは日本新記録に近付く 二秒すると、世界オリンピック選手顔負けの速さになった

その勢いのままに、怪物は左肘を背中側に動かした 掌は開いておく

距離は瞬く間に縮み、非人間的な速度となり、赤茶色の錆びで覆われた80年代の車は微動だにせず そして、志田は掌底を打った

車は軽く曲がり、やや宙を浮いた 攻撃された箇所にはくっきりと跡が残っていた

左腕を払うように振って痛みを誤魔化しながら、志田は右手に拳を作った


怪物の右手から肘の方へ伸びる棒状の爪の先端部が、拳の方へ動く

機械を操作するときのレバーのような動きで、爪が展開された

清仁が、拳を握る力を強くする そして強く意識する

拳を握る、強く意識する、イメージを持つ

人外の力を、志田が求める

爪の先端部から電光が迸り始めた 電気は素早く強くなり、辺りに物が破裂するような音が鳴り響いた

電気関係の仕事についた人間なら、爪から出る電気量が数万ボルトもあるということに気付けたかもしれない だが、志田はこの大技の危険性をそこまで理解していない

一瞬清仁は右手に視線を動かした

爪を振りかぶり、掌底の跡に突っ込む

瞬間、廃車は数メートル吹っ飛び、内部に残ったガソリンへの引火で爆発を起こした

強烈な光と炎が発生し、そして燃え盛る廃車が残った

いくつか弾け飛んだ部品が怪物の体を襲う しかしさして痛そうな素振りもせずに、清仁はその場から離れて自転車に向かって進んでいった

鍵を開けてペダルを踏んだ彼は、振り向きもせずに帰路へと駆けていく

その姿は、元に戻っている










清仁は今の社会に少々辟易していた

能力が有る者は上へ進み、無い者は下へ落ちていく

たまに特殊なのもいて、彼らは能力の有無に関わらず上へ上がる

別に能力が有る者が上へ進むのは構わない

能力の無い清仁が将来下へ落ちていくのも承知の上だ

しかし、彼は過程が気に入らなかった

上へ上っていくことを目的として、生活するのに不必要なことを学舎で死に物狂いで覚えさせられるこの社会が好きではなかった

まるで無駄足のように感じられるのに、上へ進むにはその不必要な知識を脳髄に彫り付けないといけない

それが気に入らなかった

「ああ、くだらねえ・・・」

が、清仁は共産主義を推進するつもりもない そうなると今度はもともと上にいる者が好き勝手し始めるからだ

そして、清仁は新しい社会のあり方を考えられるほど頭が良いわけではない

時間があれば非実用的な新社会のシステムは作り出せるのかもしれないが、今以上に良い社会を考えられるわけではない

そして、清仁は社会に文句を言う事はあっても社会を変えようとする意思はない

自分にそんな力など無いことは自覚している

そして、清仁はこんな社会への文句を考えることがどんなに無駄であることかよく理解している

わかりきった上でやっているのだ

「くだらねえなぁ・・・」

別に社会批判をしていい気分になることはない

今の一連の考えが、勉強嫌いなことの言い訳になってしまうのもわかっている

自分の考えが歴史を否定することになるのだって、自覚済みなのだ

だが、止めてどうということでもないし、続けてどうということでもない

たまにこんなことばかり考えているので、彼は自分の人生にも辟易していた

そんなところなので、彼は、人生を揺るがすレベルの変化を求めていた

軍隊も勝てない大怪獣か

未来か過去へのタイムスリップか

あるいは未知のヒロインとの衝撃的な出会いか

その中でも彼が特に求めたのが、自らの変化だ

それも、自分で戸惑うくらいの

悪を滅ぼす正義のヒーローか、エゴを振りかざすダークヒーローか

全てを壊す怪人か

大方そんな感じのものにでもなりたかった

やや子供っぽいかもしれない

が、それは叶った

叶ってしまったと言うべきなのか


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