【ヒトを守る化け物たち】5
門周辺は、人類兵器の見本市となっていた。
最新型のレールガンを装備した改ズムウォルト級三十四番艦ジョン・ポール・ジョーンズ―――ちなみにアーレイ・バーグ級の先代はハワイ沖で神格三体と壮絶な相討ちを遂げた―――を筆頭とする海洋兵器群。
仮設の滑走路に並んでいるのは未だに退役する様子のないA-10サンダーボルト―――ハンス・ウルリッヒ・ルーデル大佐最後の乗機として陸戦型神格と激闘を繰り広げたのはあまりにも有名―――だし、旧式化しつつあるとはいえ大阪戦役で実戦証明がなされた一〇式戦車はずらりと並び、その横でトレーナーとともに運動している異様に巨大な犬たちは神格を組み込まれた知性強化動物だろう。
そして―――
門上空。そこに鎮座する巨大な積乱雲の中。
巨大な水晶の樹だった。
全高二百四十メートル。
人類製第三世代型神格"ユグドラシル"
北欧の三国が共同開発した、史上初の知性強化植物である。彼/彼女に思考中枢は存在せず、全体を流れる体液がDNAコンピュータとして思考する。そして、様々な植物の特性を取り込んだ彼/彼女の最大の特徴はその不死性である。
神格を埋め込まれず、それ自体が一個の神格でもある彼/彼女は、たとえ細切れにされても一片から思考し活動する。どころか、その状態からでも互いに破片がくっつき再生するのだ。
すなわち、彼/彼女は通常の神格と違い、巨神を破壊されても死なない。巨神の総質量の一〇パーセント以上の破片が一つでも残っている限り、彼/彼女は自己修復で蘇る。
そしてその
彼/彼女の相は"守護"。その発現形態は天照やチェルノボーグ、あるいは気象制御型神格のような流体遍在型に近く、余剰質量を半径数百キロ圏内へと散布・遍在させる。
巨神の流体に機能を付加して遍在させるのではなく、第二種永久機関としての流体の機能を強化し、散布した内部空間を通過する強エネルギーを吸収・中和するのだ。
結果として、彼/彼女が配備された地点を遠隔攻撃で破壊するのは不可能に近くなる。
さらに、この防御圏内は彼/彼女の体同然であり、侵入した者への索敵も完璧だ。
通過した距離が短い攻撃には威力を発揮しないという欠点こそあるものの、拠点防御には最適の相と言えるだろう。
そしてもうひとつ。彼/彼女の武装は、そうやって吸収したエネルギーを用いて放つ荷電粒子砲。これは大規模破壊型神格に匹敵する威力を持ち、しかも攻撃を受け続ける限り幾らでも連射できる。
神々とは異なる設計思想で生み出された、守護のための超兵器。それこそが彼/彼女だった。
機動性は劣悪で、近接戦闘能力こそ皆無だがそれは彼/彼女の仕事ではない。
巨大な相の枝葉を広げ、敵軍の攻撃という陽光を浴びて繁る彼/彼女の姿は美しかった。雲に覆われ見る事がかなわないないのはもったいなくもある。
その枝の守護を受けた門は、まさしく人類という種のフロントライン。希望に満ちた場所であった。
しかし。
今、彼/彼女でも防御できない大規模攻撃が、迫りつつあった。
◆
「―――以上だ。わたしもすぐに向かう。準備をせよ」
「―――はい。分かりました。お父様」
天空都市、アスタロトの私室。
広大で優美な調度が整えられた部屋である。世話役の侍女―――鳥相の神々だ―――も多数に上った。だが、動物園の檻がいかに広く清潔で、多数の飼育員が細心の注意を払っていたとして、そこにいる動物が閉じ込められているという事実に変わりがあるだろうか?
漆黒の少女神は結局のところ、神王の猟犬に過ぎないのだから。持ち主によって大切に保管され、手入れされているだけの道具なのだ。
今彼女が応答しているのは、珍しい音声のみの通話。神王の声の背後から、機械音や話し声などがいくつも響いている。おそらく軍事基地。
通信回線経由で伝えられる父王の命令を、アスタロトは無感動に聞いていた。
あの戦い。出現した地球軍との戦いで、彼女の最後のよりどころ、武人としての誇りは粉々に砕け散っていた。
完敗だった。
戦士としての技量。指揮官としての力量。どちらでもあの獣人にかなわなかった。アスタロトが今息をしているのは、巨神に圧倒的な性能差があったからに過ぎない。
すべてを奪われた彼女が唯一手にできたもの。それは強さだった。
だが、その強さすら否定されてしまえば、彼女は何を手に入れられるのだろう?
破壊と殺戮をまき散らす化け物に過ぎない彼女が、その存在意義すら失ってしまったらどう生きて行けばいいのだろうか?
―――ああ、私はまだ、失うものを持っていたんだ。
そんなことを思う。
失ってしまって初めて気づいた大切なもの。
無意識のうちに下腹部を撫でる。
―――そうだ。私にはまだやるべきことがある。門を閉じ、あの男の絶望するところを目に焼き付け、そして殺す。
そうしたら、また一から始めよう。もっともっと強くなろう。誰にも誇りを奪われないように。
そうだ。時間は永劫にあるのだから。
◆
門の開通から2か月。
戦端は開かれ、門が再び閉じられることはない。
出現した地球軍は、驚くべきことに強力な神格を多数保有していたという。
神々の軍勢は現在の所攻めあぐねており、人類軍は着々と門周辺を要塞化しつつある。
既にいくつかの人類の集落も開放された、とのことだ。
それらの情報は、人類軍が盛んに喧伝する宣伝放送(人類の状況を勘案してかアナログである)で広められ、こっそりと作られて来たラジオや無線機、あるいは神格が内蔵している通信機で受信され、惑星上の人類たちの間に静かに広まりつつあった。
神々の軍勢は追い詰められ、ある作戦を立案。実行に移そうとしていた。
『と、言うわけで連中、どうやらスペースコロニー落としならぬ隕石落としをやるつもりらしいぜ』
顔なじみより伝えられた情報は驚くべきものだった。
「やることが古いですね」
『ほんまほんま。旦那はん、そういうセンスは古いんよなー』
災厄で放棄された海底ケーブル越しの通信。
画面に映るのは1組の男女。ひとりは髭熊。
もう一人は美女だった。
ただし、耳の代わりに大きな鰓が生え、下半身は、二本の脚の代わりに海獣を思わせる胴体と、そして大きなヒレになっている。
蒼い髪と唇が美しい彼女は神格であった。
それも、その自我は元の肉体を乗っ取った神々の眷属だ。
本人曰く『人間やってるより神格やってる期間の方が長なってくるとなー、神格なりの心っちゅーもんが芽生えてくんねん』とのこと。
神に仕えながら人間の妻となった、おそらくただ一人の神格。
彼女こそ、髭熊がいまだに神々に捕捉されていない最大の理由であった。
「そんな情報バラしちゃって、フォルネウスさんは大丈夫なんですか?」
『あー。もしお上に知られたらうち、再調整処分、いや下手したら解体やろなぁ。秘密にしてやー』
「そりゃもちろん。でも、どうしてそこまで……」
『うち、戦闘用ちゃうしなー。海洋の生態系管理用やさかい、せっかくお魚たくさん住み始めて安定してきた海をなー。お偉いさんの都合でぐっちゃんぐっちゃんにされるの嫌やねん。持ち場放棄して退避せえ?ふざけんなってなー。
うちも人間から化けもん言われてなー。神さんたちから奴隷って蔑まれててもなー。
プライドっちゅーもんがあんねん』
「フォルネウスさん……」
『ま、ほんまにヤバなったら旦那はんと一緒に国連軍に保護求めるわ。こんなナリの化けもんでも一応大阪生まれやさかいな。助けてはくれるやろ。じゃ、そういうことで』
『俺は今から国連軍にこの情報を知らせに行くが、あの辺は最近通信妨害が激しい。間に合うかどうか微妙だな。防ぐ能力を持ってるのはお前さんたちだけだ』
「分かってます」
『健闘を祈る』
通信が切れる。
燈火は仲間たち―――エスス、タラニス、ウルリクムミ、フランの4人を振り返った。
「みんな。門が危ない。
僕に付き合って、もう一回だけ、危険を冒してくれるか?」
「もっちろん!」
「どこまでもお供します」
「私が行かずして君はどうする気なんだ?」
「ヘルさんの仇も討たねばなりませんわ」
打てば響くとはこのことだ。
「ありがとう。行こう。宇宙へ」
決戦だ。
◆
「司令。これを」
「ふむ?―――これは?」
「暗号化されており、こちらに向けて発信されていました。
差出人は人類を名乗っています」
「ほう。―――小惑星落とし?」
「どうされますか」
「可能性が一%でもあるならば対処せねばならん。天体観測を強化。"チェシャ猫"級と護衛部隊を待機させておけ。確定できしだい出撃させる。天体破壊能力を持つ神格は?」
「現在敵の攻勢が強まっているため出払っています。戦略級神格は希少ですから」
「陽動か。まずいな。私の宇宙戦闘形態でも破壊できるか怪しいぞ」
「それですが。―――員数外に一名、心当たりが」
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