【ヒトを守る化け物たち】4

 門開通より二週間後。

 神王は、再び会議へと臨んでいた。出席者は当初よりこの件に関わっていた十二柱。

 議題は門の攻略だった。

「少々遅れました。申し訳ありません」

「揃いましたな」

「はい。今日はお忙しい中お集まりいただきありがとうございます。早速本題に入りましょう」

「まずはこちらのデータを」

「この半月というもの、奴らがじりじりと勢力圏を押し広げている状況です」

「地球軍の神格。あれは精強だ。我々のものと同水準とみていい。数も多く訓練も行き届いている。よくぞ三十五年であれほどの軍勢を作り上げたものだ」

「よほどトラウマだったのでしょう。種族全体がまるでハリネズミのようです」

「感心している場合ではありません。門に対する攻勢はいずれも停滞しています」

「通常兵器については我らのものにはやや劣りますが、先の戦争時より大幅に高性能化しており十分に脅威です。こちらの通常兵器は補充こそされていますが、さほど更新されておりませんから」

「遺伝子戦争では、奴らは我々の戦略目的である遺伝子資源の奪取を逆手にとって戦果を上げた。我々も奴らに対して、管理下にあるヒトを利用して圧迫するのはどうだ」

「難しいですね。彼らの目的は同胞の救助と推測されていますが、こちらが下手な事をすれば報復として都市への直接攻撃を誘発しかねません。彼らにはためらう理由がない。前回の戦争で我々は人類の都市をかなり破壊しましたから」

「同感だ。それに"汚い爆弾"でも使用された日には目も当てられぬぞ。今のところ、世界中にヒトが分布しているために控えるだろうが」

「先の戦争では我らは地球を汚染するわけにはいなかったですが、彼らはそうではない。皮肉なものです、ヒトこそが彼らの選択肢を狭めてくれているのは確かなのですから」

「気象制御型神格による戦略気象攻撃、宇宙空間からの大規模反射鏡による光学砲撃なども失敗。何らかの防御手段を保有している模様だが、現状ではデータが不足している」

「大口径レールガンによる遠隔地からの飽和攻撃なども迎撃されており、今のところ芳しい成果はあげておりません」

「まさしく難攻不落の要塞ですな」

「となれば―――後は隕石爆撃」

「ふむ。やる価値はあるな」

「条件付きで賛成です。周辺環境への後遺症が心配ですので、それを最小限に抑えられる規模でなら」

「了解した。宇宙都市建設時に使用した採掘小惑星がいくつかあったはずだ。あれらを使用すれば投下までの時間を大幅に節約できる」

「うちで至急検討させましょう」

「"核の冬"は気象制御型神格を用いればある程度抑えられるでしょう。多少威力が大きくとも大丈夫のはずです」

「よろしい。他に案はございませんか?」

「異議なし」「いいでしょう」「承認しましょう」

「では、具体的なプランが出来上がり次第再度召集といたします」

 会議は閉幕となった。

 

 

  ◆

 

 

「うわっ、むわっとする」

「地熱が高いですからね……」

 深海を航行し、時に野宿し、時に人間の村で物資を補給して旅した先。

 燈火たちがたどり着いたのは、海が臨める場所にある古い地熱発電所。その地下部分だった。

 地上階は半壊していたが、地下部分はまだ生きており、主人に見捨てられた保守ロボットたちが仕事をしてすらいた。

 たまにこういう掘りだし物件があるので神々の遺跡は油断がならない。髭熊の船なども似たような事例だろう。

 一行が久しぶりに訪れる隠れ家だった。

「―――なんか動いてますわー!?」

 モノリスのような形状の保守ロボットを見てフランが歓声を上げた。

「ああ。ずっと昔から動いてるんです、その子たち。壊れた仲間の部品を使って自分たちを直して」

「頑張ってるんですのねえ、この子」

 タラニスの解説に感心するフラン。その瞳は興味津々だ。もとより機械類が得意だった彼女は、神格になって脳内に情報を書き込まれた事でその方面の能力を著しく発達させていた。

 その様子に一行は和む。久しぶりの平和だった。

「さあ、一休みしたら食事とお風呂を用意しましょうか」

 微笑むタラニス。

「お風呂!お風呂があるんですのね!」

「ええ。温泉です」

 フランが顔をほころばせた。門での戦闘以降、一行は満足に入浴もできていない。無改造の体だったら皮膚病になっていたかもしれない。

「じゃあ、僕は先にメールボックスを見てくるよ」

「メールボックス?」

 燈火の言葉にフランは怪訝な顔。こんな場所に誰か手紙を入れていくのだろうか?

「ああ、どこかの忘れ去られたサーバーに海底ケーブル経由で通信回線がつながってるんだ。そこにメッセージを書き込んでおけば知り合いと連絡が取れるんだよ。

この世界でテクノロジーを保持してる人類は僕らだけじゃないのさ。

 ここから連絡を取れる相手が数人いる」

「ほぇ……」

「ま、この隠れ家自体使うのは久しぶりだから、今も連絡が取れるかどうかは分からないけどね。知り合いが減るのは寂しいけど仕方ない」

 燈火は微笑んだ。

 この不老不死の青年は、今までどれだけの出会いと別れを繰り返してきたのだろうか。

 ふとフランはそんな思いにとらわれた。

 

 

  ◆

 

 

 その知らせがもたらされたのは、ヘルが"かが"の甲板上で散歩させてもらっている時だった。

 見渡す限りに広がる海の上には、幾つもの艦艇が停泊しており、上空には多数の巨神が飛行している。

 これほどの数の巨神を見るのは、まだ眷属だった頃のヘルにとってすら経験がない。まさしく一つの種族の総力がこの一点に集中しているのだという事が伺えた。

「あ、ヘルさん。こちらでしたか」

 もはや顔なじみとなったはるながこちらへと駆け寄ってくる。眼帯は取れたがまだ尻尾と左手は治り切っていない。完治とリハビリが終わるまで、彼女が実質的なヘルの世話役だった。

「すいません、ちょっと御同道願えますか。ヘルさんをお連れせよと言われまして」

「はあ。どちらまでですか?」

「あ、うちの司令官です。ほらこの間会った」

 

 "九尾"に同乗して移動した艦。

 狭い艦内を移動し、たどり着いた部屋には「司令室」とプレートがあった。

 中にいたのは黒髪の女神。以前顔を合わせた艦隊司令官だ。

 彼女は挨拶もそこそこに本題を切り出した。

「いい知らせです」

「はい」

「国連が正式に、あちらの人類の救助を決定しました」

「ほ―――本当ですか!?」

「もちろんです。現在門のこちら側にメガフロートを設置すべく検討中です。門周辺はさらに堅固な要塞となるでしょう。

 それでお願いがあるのですが」

「はい」

「我々には門の知識が不足しています。保守管理について詳しい人が必要なのです。実際に修復した人がいればそれに越したことはありません。それに、あちらの世界について詳しい人がいれば助かります。アドバイザーとなっていただけないでしょうか」

「は、はい。喜んで!」

 ヘルも脳内に、神々の技術情報は残されていた。苦手な機械類も、半年に及ぶ門の修理に携わる事で―――実際には燈火たちは三〇年に渡って着手していた事業で、この半年のそれは仕上げだったのだが―――かなり取り扱いは上達している。現在地球側にいる者の中で、門に関して最高のスペシャリストと言っても過言ではあるまい。

「では、仮ですが国連職員の身分を発行させていただきます」

「分かりました」

―――よかった。みんな助けてもらえる。あんな悪夢みたいなことを、減らせる!

 ヘルの脳裏を、樹海のほとりの村。そして海辺の街が横切り、消えて行った。

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