【ヒトを守る化け物たち】3
門、地球側。
「目が覚めた?」
「はい。本人は"ヘル"と名乗っています」
「そうか。―――助かってくれたのか」
太陽の女王の異名を持つ女神は、手にした端末を閉じると立ち上がった。
そこは旗艦に設けられた通信室。そこで後方との通信会議が終わったちょうどそのタイミングで、彼女は副官より報告を受けていた。
発見された銀の女神の容体は酷いものだった。頭部と右肩から先は奇跡的に無傷だったが、言い換えればそれ以外が全滅。左肩から右脇にかけてより下が無くなり、心臓がグチャグチャな断面から垂れ下がる、という有様だった。停滞モードに入っていた彼女の体を急いで治療ポッドに入れ、生命維持装置で辛うじて命を維持し、再生を促すために高濃度の栄養分を流し込んだところ驚異的な速度で傷口が肉芽に覆われ、一日で腹部まで、二日目には股関節まで再生し、三日目には五体満足にまで回復していた。信じ難い生命力と言えた。並みの神格ではこうはいかなかっただろう。再生したとしてもここまで無茶苦茶では癌細胞だらけになるはずだ。相当に金と技術力が注ぎ込まれた高性能な神格に違いない。
ベッドに移されたのは今朝のはず。
「血液検査、発見された当時の状況からもまず間違いないでしょう。現在はるな一佐が相手をしているそうです」
「彼女が?」
「はい、隣のベッドで治療を受けていたそうで」
「つくづく因果だな……門を開いた人類側神格と言葉を最初に交わしたのが、人類によって生み出された初の神格だとは」
「しかも、彼らのリーダーの姓が"都築"……何かの力が働いているとしか思えません」
「ふむ。この後のスケジュールは少し開いていたな?」
「お会いになる気ですか?」
「もちろんだ。この世に今や十九人、いや、彼らと先日の三人が増えて二十六人か。それだけしかいない同族として大変気になる」
「分かりました。大丈夫かとは思いますが、念の為お気を付けください。あなたの体はあなた一人のものではありません」
「なぁに。前線から退いて久しいが、腕は錆びついていないぞ?」
「だから心配なのです」
「はは。ま、やんちゃはせんよ」
「では連絡機を手配します」
「不要だ。たまには自分で飛ぶ。その旨あちらにも伝えてくれ」
「了解です」
一方、"かが"にて。
「あの戦争のあと、いえ、戦争中から人類は神格についての研究を進めていました。入手に成功した神格の遺体や、流体。捕虜とした神々の技術者。そして人類側神格自身のリバースエンジニアリングと、彼らの脳内に書き込まれていた膨大な科学知識から、戦後四年で初の神格を建造するに至ったんです。
それが私たち"九尾"。
この肉体は、遺伝子操作と外科手術で造り出された知性強化動物です。クローンは成長を速めたとしても自我の成熟が間に合いませんし、通常の人体を使うのは論外でしたから。
まあ、先日コテンパンにやられちゃったんですけどね、私。うちの部隊で一番重傷です。あ、ちゃんと門に接近していた神々の部隊はやっつけましたし、こちらの犠牲者はいませんから安心してください」
はるなの語り。それに、ヘルは呆然としっぱなしだった。
勝った?アスタロトを含むあの部隊相手に、犠牲者なしで!?
「―――信じられない。よく、アスタロト―――蛇に乗った巨神なんですけど、彼女に勝てましたね?」
「ああ、彼女、テレポートですか?凄い
撤退してくれてなきゃ間違いなくそうなってました。おかげで全治六週間ですよ。これもう歩きにくくて。早く生え変わってくれませんかねえ。
それにしても、彼女。あれはないですよね。なんなんですかねあのパワー。力自慢の部下が十人がかりでブン殴ったのにピンピンしてましたし。化け物にもほどがあります。チートです。反則です」
―――よくしゃべるなあ……それにしても、あれ逃げるために思いついたのに。なんて使い方してるのアスタロト。
「あー……多分そのテレポート、
ヘルは申し訳なさそうに言った。他になんと言えばいいのだろう?
それにしてもこのひと―――ひとでいいのか疑問だが―――どうして死んでないんだろうか。我ながら酷い事を思っているが。
はるなは目をパチクリ。
「あら。何かご関係が?」
「妹……姉妹機なんです。向こうは私をものすごく目の敵にしてまして。その、なんというか、妹が迷惑かけてごめんなさい」
ヘルは頭を下げた。
気まずい雰囲気。
と、そこへ。
「お邪魔していいかな?」
日本語で声をかけて来たのは、ヘルの目から見ても明らかに高位なのが見て取れる女性だった。制服につけられた勲章の数が凄まじい。その割に随分と若々しいが。
「はい?―――!」
はるなはそちらに向き直ると、即座に腰を折って敬礼。
「ああ、楽にしてよろしい。傷は大丈夫?」
「は、はい。お気遣いありがとうございます、教官」
「教官はよしてちょうだい。今は司令官なんだから」
「はい」
そして、太陽の女王は、銀の女神の前に腰を下ろした。
「―――あ、日本語分かります」
今のやり取りを聞いていたヘルが先制して声をかけた。燈火一行が主に使っていたのは日本語と英語。あとロシア語だ。神の言語も一通り分かるが、これは神格ならば自動的に脳内へ刷り込まれる。もちろん人類製神格の場合はどうなっているのか分からないが。
「そう。助かるわ。英語はどうも発音が下手で」
パイプ椅子を調整しながら女性。
「さて。自己紹介をさせてもらいますね。
私は焔光院志織。またの名を"天照"。神格です。この艦隊の司令官を務めています」
黒髪の女神の素性は、おおよそヘルが予想した通りだった。やはり、神格。
それも、神格名は彼女の知識にあった。史上初めて人類の味方となった神格のはずだ。
ヘルは少しだけ考え込んでから名乗り返した。
「あ……ヘル。ただの、ヘルです。……人間名は、どちらも今の私にはふさわしくないので……もちろん私は、自分は人間だと思ってますけど……」
「何かあったんですね?」
「……この体は私にとって二つ目なんです。ちょっと、長い話になりますけど」
そして、銀の女神は、樹海のほとりで目覚めてからの長い話を始めた。
天照は、ヘルの許可を得て彼女の身の上話を録音し、そして話を聞いていた。
目覚めた日。記憶喪失。焼き討ちされた村。自分が都市破壊型神格だと知らされた時のショック。ペール・ブルーの眷属との遭遇。穴倉。海辺の街。眷属へと変えられた少女。門。―――そして、燈火との出会いとアスタロトとの因縁。
「……大変、ご苦労なさったのですね」
「……はい」
ヘルの表情は硬かったが、それでも彼女は全てを語り終えた。
英雄神は、眼前の女神を自らの境遇と重ねていた。
―――この娘は、私だ。もう一人のありえた私なんだ。
やがて、ヘルはおずおずと質問を切り出した。
「それで、あの。聞きたいことが」
「お仲間ですか?」
「ええ。彼らは無事なんでしょうか?」
「不明です。門開通時、周囲にいたのは神々の軍勢だけでした」
「そうですか……」
「ですが、聞いた限り、お仲間はとても賢明な方々です。安全な場所にきっと退避されているでしょう」
「ありがとう……ございます。
あの、私は一体どうなるんですか?」
「しばらくこの艦にいて治療と検査を受けていただきます。そこからの事はまだ分かりません」
「わかり……ました」
銀の女神は、力なく笑った。
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