【ヒトを守る化け物たち】2

 樹海の星。

 門開通から四日。ヘルが目覚めるほんの数日前。

 燈火率いる女神たち一同は、大洋上に点在する小さな島の一つにキャンプを張っていた。

 寝泊りは洞窟。調理に使っているかまどは即席のロケットストーブである。ロケットストーブは、断熱した燃焼室が高温となって上昇気流が発生、それによって流れ込む酸素のおかげで完全燃焼するため煙が出ず、神々から身を隠したい一行には便利だ。

 開通当日は大変だった。燈火は全身血まみれ―――例の超能力じみた異能を酷使しすぎてそこらじゅうの血管が破裂―――で、しかしそれでも戦闘中はまだかろうじて、冷静さを保っていた。

しかし一行が安全圏に逃れてから、はじめ静かに、やがてさめざめと、体中の水分が枯れ果てるまで泣いた。それを見たフランもつられるように泣き出した。彼女も先日十歳になったばかりの子供であり、年相応と言えただろう。むしろ今まで耐えていたことが驚異的だった。その後昏倒するように眠った燈火が次に起きた時はいつも通りの笑顔を取り戻していたが、付き合いの長い仲間たちにとっては空元気なのは一目瞭然だった。

 無理もない。

 己の命よりも大切なひとを、二回も亡くしたのだから。しかも今度は神格本体すら残っていない。

「責任を持つって……約束したんだ」

 彼の言葉は皆の胸を穿った。

 地球軍がこちら側へ出現し、門防衛に成功したと一行が知ったのは三日目の深夜。海上にて神々の通信を傍受して判明したのだった。

 これにより、沈み込んでいた一同の士気はようやく回復した。

 門へ向かい地球軍に保護されようという意見も出たが、現在あの周辺は神々の軍勢と地球軍が激突する激戦地であり、燈火たちは下手をすると神々と地球軍、双方から攻撃されかねない―――女性陣の巨神は全て神々のものだ―――ために一度安全地帯へ退避することとなった。

 全員が激しく消耗している中での逃避行はしかし、さほど危険ではなかった。門から出現した地球軍への対応で神々も混乱しており、もはや燈火たちへの優先順位が大幅に下がっている事は明白であった。

 この場所にキャンプを張ったのは今日の昼。

 交代で海底を航行―――腕を失った時ですら交代を拒んだクムミでも疲労のあまり交代が必要だった―――するのも限界に達したため、一日じっくり休んでから、幾つかある隠れ家のどれかに移動する事と皆で決めた。

 ずっと巨神内部で寝かされていた燈火が、「じゃあ僕が今日は全部やるから、休んでいて」と言い出し、かまどを組んで料理を始め、現在に至る。

 食材は航行中に巨神で取り込んで捕まえた海藻や魚介類。

 鍋をかき回す彼の背を見て、エススは爽快感と哀悼のないまぜになった不思議な気分になっていた。

 隣ではタラニスがフランと抱き合って眠っているし、クムミもさすがに疲労が濃い。

 エススはクムミの横に腰かけると、話しかけた。

「―――開いたね。門」

「ああ」

「これからどうしよ」

「今くらいは勝利の余韻に浸ってもいいんじゃないか」

「だねえ……」

「それに―――落ち込むのはまだ早い。

我々は、ヘルが亡くなるのを確認したわけじゃないからな。三十五年の死を乗り越えた冥府の女王だぞ、彼女は。そうそう死んだりするもんか」

「確かにね。

思えば、あの子がいたから今の私たちがあるんだよね。ヘルがいなかったら、燈火は助からなかった。そうなれば私たちだって肉体を奪われたまま、心が消されてた」

「そういう意味では彼女は我々の命の恩人か」

「一年前に目覚めた時は子供みたいだったのに、最後に見た時はドキッとした」

「同感だ。燈火が心惹かれたのも分かる」

「そういえばクムミも、拾った時はやさぐれてたのにだいぶ落ち着いたよね」

「うっ……それを今言うか」

「年の差って意味じゃ私たちだって母娘で通じるくらいにはあるからねえ」

「タラニスならともかく君が母というのはむずがゆいのだが。せいぜい年の離れた姉だ」

「あー、ひど」

「ひどいものか、若く評価されて喜ぶところだろう、そこは」

「そっかなー」

「正直、感謝している。君も、タラニスにも。君たちのおかげで私は自分が人間で、女だ、というごく当たり前の事を忘れずに済んだ」

「そこは忘れちゃ駄目でしょ」

「当時は本当に、そんな事すら見失いかけていたからな」

 クムミは肉体を取り戻したばかりの頃を思い出していた。彼女は荒れていた。当時の彼女は十八歳。五年間も家族から疎外されて育ち、そして神々によって過酷な扱いを受け、一年近くも肉体を奪われていたからだ。体を取り戻したからといっても、姿は異形のまま。人間としての名はその時捨てた。こんな化け物が人間を名乗るだなんて!

 そんなときに心の支えになったのは、燈火もそうだがそれ以上に双子の存在が大きい。彼女らが慈母のように親身になってくれたからこそ、今のクムミがある。

「うーん。クムミからは色香が漂い出てるけどなー」

「そういうものかね」

「そういうこと、そういうこと。燈火がクムミを拒んだことがあった?」

「ない。彼は私の体を美しい言ってくれた」

「じゃ、それでいいじゃん。世界でただひとり、大切なひとが分かってくれればいいのよ。女の価値ってのは。あ、でも燈火を独り占めしちゃ駄目だからね?」

「分かってる。彼は私たち家族全員の旦那様だ。

―――ありがとう」

「どういたしまして」

 

 やがて食事が出来上がり、燈火が皆を呼んだ。

 海鮮鍋は、塩味が効いていた。

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